お前の目はもっと透明だった。
お前はもっと愚鈍だった。
お前は何も出来なくて。
お前は何も考えていなかった。
お前は少なくとも、こんなことするような奴じゃなかった。
誰がお前を変えた?
誰と話した?
誰と何を見た?
誰が息を吹き込んでしまったんだ?
ずっと大事にしてきたのに、目を離した隙にこんなことになってしまった。
誰がそんな言葉を教えた?
白い雪がちらついている。
長かった合宿が終わり、久し振りに自分の家へ帰って来た。
疲れていたし、色んなことがありすぎて、ただただぼんやりと、白い道を歩いていた。
屋根も、吐く息も白い。
足が地面に降りる度、小さく音がする。
こんな日にはとびきり甘いココアでも飲もうか。
顔を上げると、門の前に知らない人間が立っていた。
「…こんにちは」
「おう」
知らないわけがない。
俺の幼馴染。
俺を庇っていなくなった、俺の幼馴染。
「お疲れ様でした」
「何か用か」
「…ウス」
正直今は、会いたくなかった。
俺からは会いに行かないと決めていたのに。
わざわざ待ち伏せられているとは思ってもみなかった。
「…上がれ。風邪引くぞ」
「ウス。…ココア、持ってきた」
「ああ」
気のせいじゃなかった。
あの時俺を庇った背中は、知らない人間のように見えた。
お前は誰だ?
積もる話がありすぎて、何から言えばいいのか分からねえ。
カップの中のココアはもう無くなりそうだ。
「ごめんね」
「アーン?」
目の前の幼馴染が、部屋に入って初めて口を開いた。
黒い瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「試合。の、邪魔して」
「全くだな」
「ウス」
他に無いのか。
言うことは。
「…でも、あの後、分かった。たくさん、考えて」
カップがテーブルに置かれて、小さく音が鳴った。
手が延びてくる。
大きな幼馴染の手が。
温かくて優しい手が、そっと俺の手に触れる。
お前は誰だ?
「跡部さん、好きです。大好き」
誰がそんな言葉を教えた?
「苦しい、よ」
床に転がる大男が呻く。
知ったことか。
俺の幼馴染はどこへ行った。
どこへやった。
俺の愛すべき幼馴染は。
「誰がそんな言葉を教えた!!?」
「ちが、」
「お前がそんな言葉言うわけないだろうが!!吐け!!誰に吹き込まれたんだ!!」
「ちがうよ」
大男の首を掴む腕に力を込める。
見つめ返してくる瞳の色が違う。
お前の目はもっと透明だった。
そんなにたくさんの色に輝いてなんかいなかった。
「違う、跡部、さん」
「お前は俺が居ないと何も出来なかったじゃねえか、何を偉そうに!!」
お前はもっと愚かで、俺の言った言葉だけを信じて。
俺の意に反することなんてしなかったのに。
どうしてだ?
何があった?
何が気に入らなかった?
「俺、は、ずっと、」
「よく喋るようになったなお前、余計なことしか言わねーなら無口な方がいくらか良かったなあ!?」
床にぶち撒けたココアの匂いが鼻につく。
それに混じる人間の匂い。
お前はこんな匂いじゃなかった。
お前はもっと無機質で、空気に溶けるような匂いだった。
「跡部さん、」
「黙れ!!!」
あいつのふりをするな、お前は誰だ?
あいつをどこへやった、今すぐ返せ、
あいつの声で俺を呼ぶな。
「…気付かなかった、だけで、多分ずっと、」
「黙れ黙れ!!」
頬を殴っても、こいつは喋るのをやめようとしない。
「ずっと、前から…大好き」
「…んなもん、口でなら何とでも言えるだろうが!!」
「本当…もう、離れない」
「嘘つけ、」
「俺…が、弱かったから。これから、もう、離れなくて、いいように、」
「黙れ!!!」
「がんばるから」
「お前なんか信用するか!!!」
「…本当、だよ」
「俺は、そんなもん望んでねえよ!!!」
ただ従うだけの、感情のない、お前が好きだったのに。
温かくて冷たくて物足りなくて、それでも俺は満たされてたのに。
「本当に俺が好きなら、土にでも還っちまえ!!!」
そんな人間の言葉なんて。
「…でも、言いたくて」
「ごめんね」
「…嫌、だった?」
嫌なわけあるか、馬鹿。
そんな言葉覚えなくたって、
俺はお前のことが、
なあ、そんな傷ついた顔、どこで覚えてきたんだ?
別題:とんだツンデレ
2012.11.25