照り付ける太陽の熱がアスファルトから立ち上る。
そろそろ涼しい風が吹いても良さそうなものだが、蝉時雨も一向に止みそうもない。
今日も猛暑の中での練習が終わり、二人並んで帰路についた。

「樺地」
「ウス」

後ろを歩くこいつは、声を掛ければすぐに俺の意図を読み取る。
本当は名前を呼ぶ必要すら無いのかもしれない。
だが、仕方ないのだ。
俺は跡部景吾で、こいつは樺地崇弘なのだから。



俺は部屋に入るなり、パッチワークのカバーが掛かったソファに身を沈めた。
続いて樺地も隣に座る。
俺より大分高い位置にある顔を見上げると、どちらからともなく唇を合わせた。
ほんの一瞬。
それが済むと樺地はすぐに目の前にあるポットへと手を延ばした。

キスはキス、なのだが。
恋人同士の甘い一時、なんてものには程遠く、俺達にとっては挨拶程度のことでしかない。
いつだったかも思い出せないようなファーストキスからずっと、この習慣は続いている。

しかし、世間から見ればそれはおかしなことなのだ、と、
知ったのは出会って三年ほど経ったある日のことだった。
俺の家で、二人して大きな布団をずるずると引きずりながらおやすみのキスをした、その時。

「あら、あなたたちまだそんなことしてたの」

振り返った先に立っていた母さまは目を真ん丸くして、何とも間の抜けた声を出した。
今までは「あなたたちは本当に仲がいいわねえ」で済んでいたのに。

「そろそろ一緒に寝るのも、キスも卒業なさい。もうお兄ちゃんでしょう」

そう言って布団を取り上げる母さまを見上げ、大人の言うことはよくわからないな、と思った。
だが、何となく、言うことをきかないともう樺地と会えなくなるような気がした。
だから、その日から、俺達は大人の目を盗んで一緒に寝て、抱きつきあって、キスをするようになった。
楽しいわけでも、ドキドキするわけでもなかったが、それが当たり前だったのだ。
やめようなどとは思い至らなかった。

そして、今も。



「ウス」
樺地が差し出してきたカップを受け取り、紅茶を啜る。
それはいつも通りに丁度よい濃さで、丁度よい甘さだった。
一仕事終えた樺地は、自分も一口紅茶を飲むと俺の肩へ腕を回した。
頭を抱え込むようにして撫でられる。
髪が絡まらないように丁寧に動く指先はとても心地がいい。
疲れた時にはあまり人に会いたくないものだが、こいつは違う。
むしろ疲れた時ほど会いたいし、傍に置いておきたいと思う。
今日家に誘ったのだって、練習で疲れていたからだ。


今の光景を誰かが見れば、きっと恋人同士に見えるのだろう。
だが俺達は決して付き合ってなどいないし、これからそうなるつもりもない。
もしもこいつに彼女だか彼氏だかが出来たとしても、俺は特に何とも思わないだろう。
ただ、その相手との時間を優先するあまり、今のように会えなくなったら、きっととても辛い。と思う。多分。


二人で居る間、基本的に会話はない。
何も言わずとも、俺の喉が渇けばこいつは紅茶を淹れるし、こいつの腹が減れば俺は執事に食べ物を持って来させる。
別に楽しいわけでもない、二人で何かをするでもない。
今もそうだ。俺が読みかけの本を本棚から取り出す隣で、こいつは数学のノートを広げている。宿題でもやるのだろう。


恋人ではない。
友達とも少し違う。
こいつは俺の何なのだろう。
様々な言語を学んできたが、相応しい言葉は未だ見つかっていない。
今のところは、俺の一部、という表現が一番近いだろうか。
俺とこいつは同一なのだ。きっと。
だから共にあろうとしているだけなのに、大人はそれを批判する。
違う名を持って生まれたばかりに、周囲からは色々な誤解を受ける。
命令をするのも、礼を言わないのも、目を掛けるのも俺にとって、俺達にとっては当然のことでしかないのに。




今夜は静かな夜だ。薄ぼんやりとした月明かりに包まれた部屋は、耳鳴りがするほどに静まり返っている。
大きな布団にくるまって、二人身を寄せあう。
大きいとはいえ一人用の布団なものだから、油断すると足やら手やらがはみ出てしまうのだが。
十年前に比べると、俺もこいつも随分大きくなってしまった。
出会った時、友達ができた喜びなど微塵も感じなかった。
代わりにあったものは安堵と、大きな疑問。
何故これまで、四年間も離れていたのだろう。
迷子が親のもとへと辿り着いた時のような安堵感を抱えて、俺達は同じ道を歩き出した。


大きな手が髪を撫で背を叩く。
それが幸せだとか、嬉しいというわけではない。
これが当たり前なのだから。
けれど、世間はすぐにそれを引き離そうとする。


まったく、大人の言うことはよくわからない。


そう思いながら樺地の胸に頭をつけると、「ウス」と小さな返事が聞こえた。
















樺跡樺にハマるのって、疑問を持つところから始まると思うんです。
あまりにも当たり前に描かれすぎてて感覚が麻痺してしまいがちだけど、どう考えたっておかしいだろあいつら!!
何であそこまで一緒に居るんだ?
自己主張の強い時期の男子があんなに人に従うか?一緒に髪剃るか?挙句、本能っておい!
幼馴染に水薦めるか?携帯持たせるか?あんなに非科学的な自慢するか?…もう、言い出したらきりがないわけですけど。
そこで私の足りない頭で出した結論が「お互い大好きだからだ!」というわけで、樺跡樺に転んだんですが。

今回、あえて違う結論を模索してみたところ
こんな
わけのわからんことに/(^o^)\
でも恋愛感情省いたらこれくらいわけ分からん関係じゃないと成り立たないと思うんだ!こいつら!

2009.9.16