注意

樺地妹(ほぼ創作)が出てきます。

















「バレンタインやね」
「そうね」
「そうだな」
「ついに某社からお触れが出たけど、今年はどないなるんやろな」
「チョコだろーがハガキだろーが、どうせ跡部が一位だろ、また」
「??? 何?何の話?」

廊下に座り込んで休み時間の跡部を観察中。
すすろと眼鏡が遠い目で何か呟いている。


「…ねえ、ところで」
「なんや?」
「跡部、朝からおかしくない?」
登校時から何となく覇気がないような気はしていたけれど、今は明らかに目のサイズがいつもの半分くらいしかないし、口が綺麗なM字になっている。

「確かに…女子がチョコ持って来ても『おー』しか返してねーな」
「跡部が受け取ろうとせんから皆どんどん机にチョコ置いて行ってるな……眼前数センチの距離にタワー出来つつあるやん」
「激ダサだな…何かあったのか?」
「樺地君まだ来そうにないし、ちょっと訊きに行ってみようか」


「跡部ー!」
「大丈夫か?」
すぐ目の前にチョコの箱が積まれているのに、どこか遠くを見つめている跡部。
「おい跡部、見えてるんか?」
眼鏡が目の前で手を振ると、ようやく跡部はゆっくりとこちらを――いや、眼鏡を見上げた。

「…忍足……」
眼鏡をも凌ぐウィスパーボイスだ。聞き取りづらい。

跡部はふらりと立ち上がると、突然眼鏡に寄り掛かった。
クラスの女子達が何人か悲鳴を上げたけれど、壁男がトランプを投げつけたら静かになった。
トランプは女子の頬を掠めて、壁に刺さったようだ。…こいつは一体何故テニス部に入ったんだろう。
「つーか滝、いつの間に来たんだよ」
「実は最初から居たんだよねー」

「なんや跡部、そないなサービスいらんで」
眼鏡が跡部を引き剥がそうとするが、跡部はびくともしない。
「…お前確か、昨年のバレンタインランキングで4位だったよな…」
「…?せやで?」
「1人1票のランキングでは3位だったよな…?」
「おお」
「……頼みがある。俺様より良い男になってくれねえか?」
「は?」





「なるほどなぁ」
「だからあんなにぼんやりしてたのね」

樺地君のことはぴよすと短太郎に任せて、私達は半泣きの跡部を連れて部室に来ていた。オッサ…会長も合流している。
ちなみに、『跡部が泣いてる』と伝えたら、ECCと赤味噌も面白半分で様子を見に来た。

「モテる男は辛いものだな、跡部」
「監督…今は、こんなにも魅力的な自分自身が憎いです」
「それは俺たちへの嫌味か跡部」

跡部の話によると、これまでは毎年樺地君からチョコを貰っていたんだけれど、今年はどうやら貰えそうにない…ということらしい。

「そんなの気にしねーで、素直にチョコくれ!って言えばいいんじゃねーの?」
「そうだC〜」
「……言えるなら言ってる」
「何でだよ?言えばいいじゃねーか」
「言えるわけねーだろ!!あんな純粋な笑顔で『今年は妹のチョコ作りの手伝いに専念します』って言われちまったら!!」


樺地君が、今年は跡部にチョコを渡せない理由。
…それは、まだ幼稚園児だという樺地君の妹さんが、跡部に惚れてしまったからだという。


「…樺地の妹は俺様の妹も同然だ…。そう思ってこれまで可愛がってきたが、それがまさかこんなことになろうとは…」
頭を抱えるキング。

「…そこでだ」
「うん?」
「忍足」
「なんや」
「今すぐ心身を磨き上げて樺地の妹の旦那に相応しい男になれ」
「無茶苦茶やな」
「正直今のお前には全く…全く、樺地の妹を任せられないが」
「今さりげなく傷付いたで?俺の心」
「だがランキング4位のお前に賭けるしかねえんだ…!」
「はあ」


「ん〜でも、樺ちゃんのいもうと、理想高そうだC」
「そうよね、樺地君と跡部を見て育って来てるんだもんね…」
「忍足…大丈夫か…?」





昼休み以降、跡部と眼鏡の姿が全く見えなかった。恐らく二人で部室に籠っているのだろう。
昼休みの一件を知っている女子達がざわざわしていたけれど、壁男がトランプを手裏剣のように投げまくって騒ぎは収まった。
(しかし危うく別の騒ぎに発展しそうだった)


そして、放課後。

「どうする?壁男」
「とりあえず部室に行ってみようか…。後から会長たちに樺地を連れて来てもらおう」

途中ですすろや赤味噌、ECCを捕獲して部室へ向かった。

「跡部ー!」
「もう放課後だよー」
「部活も無いんだし、さっさと帰ろうぜ…」

思い思いに呟きながら部室のドアを開けると、


「………?」
「………?」
「………?」


「おう、お前らか」
「あっ、皆さんお疲れさまです!」

「………??」
「………??」
「………??」



跡部と、もう一人
知らない人が居た。



誰?
何故部室に?
みんなが口をぽかんと開けていると、その知らない人が首を傾げた。
「…?どうかされましたか、皆さん?」
「あ、ああえっと、初めまして!」
「跡部、どちら様?」
「アーン?何言ってやがるお前ら」
「嫌ですね、冗談が過ぎますよ皆さん」
知らない人が眉をハの字にして笑う。


「僕ですよ、忍足侑士です」






笑い転げて呼吸困難を起こす者。
凝視したまま固まる者。
震えだす者。
泣きだす者。
反応は様々だった。

「俺様が直々に教育し直してやったんだ。忍足侑士2.0と言ったところだな」
「よくわかんねーけどなんかかっこE!!」
「まずは不要な丸眼鏡を排除。更に鬱陶しい髪をすっきりとカットし、胡散臭い関西弁を矯正した」
「早々にアイデンティティーの欠片もなくなってるねー!」
「そして、上流階級でも通用するレベルの知識、語学、マナー…。さすがに時間が足りなかったが、最低限のものは叩き込んであるぜ」
「マジマジスッゲー!!」
「…侑士…大丈夫か?」
「覚えることが多くて大変でしたけれど、大丈夫ですよ。ありがとう岳人くん」
「……きもちわりぃ…」
「た、体調不良ですか!?岳人くん、しっかり!」
「いやそうじゃなくて」
「立海の柳生みたいだねー」
「って言うか、何をどうしたらここまで人格が変わるの…?」
「すげーな跡部」

それぞれが恐る恐る、眼鏡じゃなくなった眼鏡2.0とのやり取りを繰り広げていると、ポケットの中の携帯が震えた。
「あ、会長から連絡だわ…樺地君たちを連れて、もうすぐこっちに来るって」




数分後、部室に辿り着いた樺地君と会長達は、ついさっきの私達と全く同じやり取りを繰り返していた。
まあ、そうなるよね…。

「…あの、跡部さん」
「ああ、忘れちゃいねーよ。お前の妹からのチョコレートを受け取りに行かなきゃな」
「ウス。…わざわざすみません」
「気にすんな」
「樺地くん、突然で申し訳ないですが、僕も一緒に行っても良いでしょうか?」
「ウ…ウス」
眼鏡じゃなくなった眼鏡2.0への対応がまだいまいち掴めていない樺地君がぎこちなく頷く。

「あ、じゃあ私も行きたい」
「俺も行くねー」
「私も行こう」
「宍戸さんも行くなら俺も行きます!!」
「俺行くって言ってねーし!!」
「ウス…。狭いですけど、皆さん、いらしてください」


しれっと帰ろうとするぴよすの首根っこを捕まえて、ぞろぞろ樺地くんのお家へ向かう。
眠ってしまったECCを誰がおぶるかで、すすろ達がもめている。
「…滝くん、さん」
「えっ誰……ああ、眼鏡じゃなくなった眼鏡2.0か」
「跡部くんから、樺地くんの妹さんに好かれるように立ち回れと言われたんですが、具体的にどうすれば良いでしょう?」
「樺地の妹、直接会うのは初めてだから何とも言えないけど…跡部のどこを好きになったかによると思うねー」
「万が一『跡部のトンデモ金持ちなところが好き』って言われたらもう…どうしようもないけどね」

そうこうしているうちに、樺地君のお家に辿り着いた。
樺地君が鍵を取り出し、ドアを開けると、中から小さな影が現れた。
「おにいちゃんおかえり!」

か、

「……かわいい」
「さすが樺地の妹…やるねー」
「可愛らしいな」
「会長が言うと犯罪くさいんでやめてもらえますか」

顔が物凄く整っているとか、そういうわけじゃないんだけど、素朴な可愛らしさがある。

「ウス。跡部さんと…先輩たち、連れてきたよ」
「こ、こんにちは!」
こちらを見てニコッと笑う樺地君の妹さん。
思わず頬が弛んでしまう。
樺地君の妹は、ちらっと跡部の顔を見て、頬を染めて俯いた。

「これはまた…」
「随分惚れてるねー」
「忍足2.0の付け入る隙なんてないんじゃねーのか?」


「どうぞ…上がってください」
「お邪魔しまーす」
「失礼します」
ドカドカと上がり込む騒がしさに紛れて、跡部が眼鏡じゃない眼鏡2.0に耳打ちする。
「いいか?俺様は腹が痛くてToiletに籠っていることにして、部屋の外から様子を窺う。その間に上手くやれ」
「が……頑張ります」

リビングに入ると、樺地君がお茶の準備をしてくれている最中だった。
人数が人数だから、カップの種類がばらばらだ。
…それにしても、大柄な男がこれだけの人数集まると窮屈ね。

「…あれ?あとべさんは?」
妹さんが、樺地君に小声で尋ねる。
「さっき…トイレに、」
「そっかあ」
幼稚園児とは思えないほどお行儀がいい。さすが樺地君の妹さん。
その小さな手には、可愛らしい袋が握られていた。
袋の透明な部分からは、だいぶお兄ちゃんの手を借りているのであろう、綺麗なチョコが少しだけ見えている。

「…それ、バレンタインチョコですか?」
「う、うん」
妹さんの隣に座った眼鏡2.0がミッションを開始したらしい。
いつものモッサリ感と胡散臭さがないお陰で、あまり犯罪臭がしない。
会長と壁男と共に、後ろから様子を窺う。

「素敵ですね。誰にあげるのか、訊いてもいいですか?」
「…あとべさんに」
「…好きなんですね」
妹さんは、頬を赤くしてこくんと頷く。かわいい。
隣の樺地君もニコニコしている(たぶん)。

「跡部くんのどんなところが好きなんですか?」
「えっと…やさしいところと…かっこいいところと……おにいちゃんにもやさしいところ」

「意味深」
「意味深」
「意味深」

「やめてやれよ!!」
「良い妹さんじゃないですか!!」

一斉にメモを取り始めた会長と壁男と私の手元を、すすろとぴよすが遮る。

「お兄ちゃん思いなんですね」
眼鏡2.0はニコッと笑って、妹さんの頭をポンポンと撫でた。

「あっ」
「さすがにこれはきついな」
「いや、でも普段の忍足だったらとっくにぶん殴って眼鏡カチ割ってるレベルだろ」
「確かにそう考えると…やっぱここまで矯正した跡部すげーな」

「……」
眼鏡2.0に頭を撫でられた妹さんは、何とも言えない顔で樺地君の方を振り返る。
でも樺地君がニコニコしているのを見て安心したのか、すぐに視線を戻した。

「跡部くんはよく遊びに来るんですか?」
「うん!このまえは、いっしょにおままごとしてもらったよ」
跡部がおままごと…!?と戦慄する皆をよそに、妹さんが立ち上がった。
「おままごとのどうぐがこっちにあるの!」
「ぜひ見せてください」

「興味のある話題をうまく引き出せたみたいね」
「なかなかやるねー、忍足2.0」

リビングの隅っこにあるおもちゃ箱から、次々とままごとの道具が出てくる。
見た感じ、どれも布製みたいだ。

「これぜんぶ、おにいちゃんがつくってくれたの!」
「えっ」


「すげーな!」
「売り物レベルだろこれ…」
「さすが樺地ですね宍戸さん!」
皆の視線を一身に浴びて、樺地君が照れたように頭を掻く。

「さすが樺地くん…」
「これがおきにいりなの」
妹さんと眼鏡2.0がままごとトークに花を咲かせていると、会長の膝の上でうなされていたECCがむくりと起き上がった。
「…あー…よく寝たC。なんか変な夢見たけど」
「おはよー、ジロー」
「あ…これ、チョコ?食ってもE?」
目を擦りながら、テーブルの上に置きっぱなしになっていた妹さんのチョコに手を伸ばすECC。
樺地君が慌てて止めようとするけれど、それより先に動いたのは――眼鏡2.0だった。

「ダメですよ慈郎くん!これは妹さんの大事なチョコなんですから」
「えっ誰………あ、忍足か」
眼鏡2.0はECCからチョコを取り上げると、妹さんにそっと渡した。
「そんな素敵なチョコ、置いておいたら誰かに食べられちゃいますよ。気を付けて」
「あっ…はい」
「マジマジうっかりしてたC…、ゴメンねー!」
手を合わせて謝るECC。
樺地君もほっと胸を撫で下ろしている。

「…眼鏡2.0、やっぱりなんか胡散臭いわね」
「滲み出てきてるねー」

「…そういえば、跡部さん……大丈夫でしょうか」
樺地君が心配そうに口を開いた。
長時間トイレに籠っている(ことになっている)跡部の様子を見に行こうと、のっそりと立ち上がろうとしている。
「だ、大丈夫よ!だってキングだもん!」
今出ていったら、部屋の外で様子を窺っている跡部と鉢合わせしてしまう。
何とか足止めしないと!
「大丈夫だろ。跡部だし」
「そうだそうだー!」
皆で樺地君を押さえ込んで座らせようとする。

「…でも」
「おにいちゃん、わたしがいくよ」
まずいと思って振り返ると、立ち上がった妹さんの足が、床に並べられていたままごとセットに引っ掛かってしまった。

「あっ」
小さな体が一瞬、宙に浮く。


思わずドアを開けて飛び込んできた跡部より先に手を伸ばしたのは……やはり眼鏡2.0だった。


「危ない危ない…気を付けないといけませんよ、お嬢ちゃん」
眼鏡2.0は、妹さんを抱え上げて床にそっと下ろすと、頬に掛かっていた髪の毛を掻き上げた。

皆の背筋に悪寒が走った瞬間。

ィィィイ!!!!!


…眼鏡2.0は私たちの視界から消え、キッチンへ飛び込んだ。

「てめェどこ触ってやがる!!」
「え?いや、あの、転んだから思わず支えただけで」
「ごちゃごちゃ抜かすんじゃねえ!!破滅への輪舞曲ォォォ!!!
「キャーーーーー」


「え……何?」
「支えた時に、手が丁度胸に掛かってたから…かな?」
「えぇ…胸っつったって幼稚園児じゃんか…」
「もう一人の兄としては許せなかったみたいね」
「髪の毛触ったのも気に食わなかったっぽいな」


眼鏡2.0の声が聞こえなくなると、跡部が再びリビングに駆け込んできた。
「大丈夫か?怪我はねえか?妙なことされてねえだろうな?」
妹さんの肩を掴んで問い掛ける。
「う、うん」
「良かった…」
思わず妹さんを抱き締める跡部。

「お前が触るのはいいのかよ」
「俺様はいいんだ!!」

顔を真っ赤にしている妹さんに、樺地君が目配せをする。
「あ、あの、」
「アーン?」
「バレンタインの、チョコ、もらってください」
「!!」

……ここに来てようやく目的を思い出したのか、跡部が言葉に詰まる。

「……ありがとな…めちゃくちゃ嬉しいぜ」


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…受け取っちまった!!??」

「おい跡部!どういうつもりだよ!」
「お前がどうしてもって言うから協力してやったのに!」
「侑士殴られ損じゃねーか!」

「うるせえ!!」
「逆ギレやめろよ!」
「そうだそうだー!」
「し…仕方ねえだろ…!」
「気持ちは分かるけど作戦台無しじゃねーか!」

妹さんを抱えたまま、ヤイヤイと言い合いを繰り広げる跡部。
樺地君は微笑みながら、その様子を見つめていた。
















忍足の眼鏡が割れてない。(そもそもほとんど掛けてない)

2015.03.29