「バレンタインやね」
「そうね」
「今年はえらい遅かったなあ…」
「え?何?2月14日だけど…?」
「今年はって何だ?」
「…そっとしとこうぜ」


廊下に座り込んで休み時間の跡部を観察中。
今日は天気が良くて、窓から射す光が暖かい。

「相変わらずすごいね、跡部の人気」
「さっきまたトラック一台出てたな」
「やるねー」
さんの呟きに、宍戸と滝が頷く。
…よく考えたらとんでもない話題やけど、氷帝学園の和やかな日常や。



―――と、この時は思うてたんやけど。事件はもう始まっていた。






昼休み。
どうやら他のクラスはまだ授業が終わってないようやった。
とりあえず、跡部の教室前の廊下に座り込んでさん達を待つことにする。

……が、しかしどうも様子がおかしい。

跡部のクラスの奴ら全員がこっちを見とる。ような気がする。
廊下に座り込むのはもう日常茶飯事やし、何やろ?

そういえば、さっきまでの授業中はあんなに暖かかったのに、今は何や肌寒い。
急に天気悪なったんか?と、後ろの窓を振り返ると。

そこにはタワーがあった。






「眼鏡!早かったわね」
授業が終わったらしいさんが現れた。宍戸のライジングも真っ青なスピードや。
「お、おお…なあさん、このタワー何…?」
「え?……な、何これ!?」
「箱…やな?」
「…箱ね…」
「リボンかかってへん?」

そのタワー(おそらく箱製)は窓一面をほとんど覆い尽くしてしまっていた。
隣の窓に移動して下を覗くと、そこには人影が見えた。
「誰かいるわね」
「あれ…樺地か?」
「これ全部箱?ってことは跡部のバレンタインチョコ…?」
「みたいやな」
「どうせ樺地君は下にいるみたいだし、私達も降りてみましょう」





先程樺ちゃんがいた中庭へ行くと、結構な人だかりができていた。
カコンだかパコッだか、よう分からん音もする。
「どいたどいたー!」
人を掻き分けて進んで行くさんの後ろをついて行くと、樺ちゃんの隣には日吉が居た。

「日吉やん!どないしたんこのタワー」
「ああ…お疲れさまです」
「樺地君、何でラケット持ってるの?」
「ウス」
「えっ!!?これ全部樺地君宛てのチョコで置く場所がないからとりあえずここに積み上げていたんだけどどんどん高くなって仕方なく今はラケットで打って積んでいってるの!!??」
「長っ!!今のウスの意味そんな長いんか!!っちゅーかいつの間にそんな上級樺地語マスターしたんやさん!!!ほんでもってチョコをラケットで打つって何事や!!!そもそも何でそんなチョコ貰うとるんや!!??」
「長いのはアンタのツッコミですよ」
「ひどっ!!」
「テンポが悪い」
「ひどっ!!!」






「…なるほど。義理チョコなのね、これ。全部」
「ウス」
「跡部部長への本命チョコを預けるついでに、バケモン宛てに義理チョコ持って来る奴が多いんですよ」
樺ちゃんと日吉から事情を聞いていた間にも、跡部への本命チョコと樺ちゃんへの義理チョコが二つずつ届いた。
ラケットで打つと言うと乱暴やけど、程良い力具合でタワーの最上部へ積み上げられて行く。
「でもこれ、こんなに積み上げたらそのうち崩れるんじゃない?場所取るよりもそっちの方が迷惑なんじゃ…」
さんと並んで箱を見上げると、タワーを不審がった生徒たちの顔が、本校舎の窓から覗いているのが見えた。

…その中には跡部の顔もあった。

「…あかんな」
「えっ?」
「跡部がこの世のものとは思えん顔して階段の方走って行きよったで…」
「こ、こっちに来るつもり!?義理とはいえ、樺地君がこれだけのチョコを貰ったなんて跡部に知れたら…」
「どうなるかは分からんけど、危険な気がするわ」

「よう!何やってんだお前ら?」
「岳人!ええとこに!」
「は?」
「今から跡部が特攻しに来るから、一緒に止めて!」
「は?」

状況が掴めていない岳人が目を丸くしていると、周りを囲んでいた人混みがざわつき始めた。


「なるほどChocolateじゃねーーーーのぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」
「来たーーーーーー!!!!」

「おい樺地ィ!!!!」
「ウス」
「えらい返事冷静やな樺地!!」

「これはお前宛てのChocolateか!!!!!」
「ウス」
「氷の世界ィィィィィィ!!!!!!!!」

「!!!???」
「みんな伏せやーっ!!」
「これって伏せてどうにかなるものなの!!???」
「うわあああああ!!!???」










時は過ぎ、場所は部室。
昼休みはとっくに終わってしもうたけど、オッサ…監督が上手いこと言ってくれたみたいや。

ソファには跡部が座っている。…と言うより、座らされている。
その向かいには、椅子に座った監督。
更にその周りを、招集を掛けられた支援会メンバー全員が取り囲んでいる。何の儀式やろコレ。怖い。

全員が黙りこくったまま、…もう三十分くらい経ったような気がする。




遡ること一時間近く前。

中庭に特攻してきた跡部は、氷の世界!と叫びながら、箱タワーにタックルした。氷関係あらへん。
当然タワーは崩れた。
周りの人だかりは一斉に散り、日吉は降ってくる箱達を武術っぽい突きで躱し、岳人は空へ飛び立った。
さんはいつの間にか木陰に移動しとった。
樺ちゃんは驚異の身体能力で結構な数の箱たちをキャッチしたけれど、さすがに全ては無理やったようや。
…俺の頭にも五個ほどヒットした。眼鏡が飛んで割れた。地味な画やった。

無残に散らばる箱たちを丁寧に拾い上げた樺ちゃんは、そっと跡部の方を振り返ると、

「……ひどい……です」

ぽつりと呟いた。
怒っているのか悲しんでいるのか俺には分からんかったけれど、跡部を走り出させるのには十分やったようや。

…そうして宍戸と鳳に捕獲された跡部は部室のソファに座らされ、監督に事情を尋ねられてもずっと無言で俯いとる。


沈黙を破ったのは日吉やった。
「…『跡部生徒会長、樺地の人気に嫉妬し氷の世界発動!?』っていう見出しでクレマチスの一面記事書いていいですか」
「あかーーーん!!!跡部泣いてまう!!」
「だめだよひよC〜、そこは『跡部VS樺地!?時代はついに下剋上!!』でしょ〜〜」
「それもあかーーーん!!!」
「そこは『吹き荒れる跡部の愛と嫉妬!!樺地を包む氷の世界!!』でしょ?」
「あかーーんけど読みたいわーーーー!!!」
「やるねーーーー!!!」
「眼鏡うるさい」
「ひどっ!!」

「いや…まじ跡部どうしちまったんだよ?」
「そうですよ!心配ですよね宍戸さん!!」
心配そうに跡部を見つめる宍戸と、そうでもなさそうな鳳。
「お前を責めるつもりではない。むしろ私の心は熱く燃えているから安心しろ」
こちらもそんなに心配していなさそうなオッサ…監督。

「跡部、もしかしてこう…心がモヤッとしたりキリキリ締め付けられるような感じがした?」
同じくあまり心配していなさそうなさんが目を輝かせながら尋ねると、跡部が心ここに在らずといった様子でぼんやり口を開いた。

「…ああ…よく分からねーが…そんな感じだったような気がする…」


「OHHHHHHHHHMYGOD!!!!!」
「FOOOOOOOOOOOO!!!!!!」
「YEAHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!」
「COOL!COOL!!COOL!!COOL!!!COOL!!!」


うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
嫉妬や!!!嫉妬祭りや!!!!
さんと滝と、オッサ…監督とハイタッチを交わす。

残りのメンバーの目が死んでいるのは気のせいやと思う。


「ちゃんと謝ろう、跡部。樺地君優しいから、きっと分かってくれるって」
さんがしまりのない笑顔で跡部の肩を叩いている。
片手にはきちんとビデオカメラを持っているあたり抜け目はなさそうや。
「ほらチョコあげるから元気出して!」
「…今、チョコは見たくねえよ…」
「まあまあまあ。跡部に樺地君とのご縁がありますように!」
「!?」
無理矢理跡部の手に五円チョコを握らせるさん。

「ついでだから皆もどうぞ。跡部と樺地君にご縁がありますように!」
「貰いづらいなそれ…」
「わけわかんないけど貰うC!ありがとー!」
皆に五円チョコを配ってまわるさん。
…せやけど一番最後、俺の前で動きを止めた。
「…予定外に跡部にあげたから無くなっちゃったわ。ごめんね眼鏡」
「やっぱりな!!……ん?やっぱり??」
















元々ぼんやり考えていたネタだったのですが、
バレンタインデーに起こるイベントったー http://shindanmaker.com/188668をやってみたら
跡部→失恋する、 樺地→義理チョコを大量に貰う、というような結果で、はからずも診断通りに。

それにしても跡部さんがひどいことに。正直すまんかった。

2014.4.14