注意

ちょこっとオリジナル?キャラが出ます(宍戸母)

















三月十四日、ホワイトデー。
バレンタインに頑張った可愛い女の子(一部例外で男子)がドキドキしてお礼を待つ日。
…眼鏡やすすろがデジャブだとか呟いているけど、私は知らない。


バレンタインの一件から、一ヶ月が経とうとしている。
教室内の跡部をぼーっと観察していると、赤味噌が口を開いた。
「…ちょっとひどいよな、跡部って」
「え?樺地君の背中を引っ掻くから??」
「え?樺地を泣かせたりしちゃうから??」
「やめて!!!さんも滝もやめて!!!まだ始まって数行やで!!」

「樺地、あんなに頑張ってケーキ作ってんのにさ。跡部もよく物あげてるけど、なんつーか…」
「あー…金に物言わせてる感じはあるよな。確かに」
口を尖らせた赤味噌に、すすろが頷く。
「ああ、お前ら知らへんのか。最初のバレンタインの時は跡部結構頑張ってたんやで…」
「は?最初?」
「何言ってんだお前」
頭が良くないのは元からだけど、ボケまで始まったのか、眼鏡。

「え、まさか跡部部長に料理させるつもりなんですか…?ねえ宍戸さん」
「それはやめとけよ!マジで!!」
「あとべ、玉葱も剥けないC!!」
「色んなものがとんでもないことになりますよ!!」
無関心を装っていた面々が血相を変えて騒ぎだす。
やっぱり皆なんだかんだ言って、樺地君と跡部のこと好きなのよね。

「どうせならチープな材料とか使わせたいなあ」
「いいねー」
眼鏡と壁男が頷く。
「じゃあ近所のスーパーで材料買って、すすろの家で作るってことで」
「俺かよ!!」
「さんせーい」
「俺は嫌です」
「俺も。下手したら宍戸ん家爆発するぜ」
「いやいやいや怖えこと言うなよ!!」
「眼鏡が何か奢ってくれるから」
「俺??!」
「いや行かねえよ」
「おう」
「しかも断られた!!」









そして、土曜日の朝。
跡部邸の前にて。
「おはよう皆」
「…おう」
会長の職権濫……統率力により、無事にメンバー全員が揃った。
「何でこんな朝っぱらから…」
「もう10時やで、そんな早くもないやろ」
眼鏡が口をへの字に曲げてみせると、半目のすすろがか細い声で唸った。

「バレンタインほどじゃないとは言え、早めに行かないと材料売り切れちゃうからね。念のためよ」
「何作らせる気なんですか…?」
隣のぴよすが、はあ、と溜め息をつく。やたら厚着だ。
「大丈夫、無理はさせないよ。…樺地君の胃に負担は掛けないから」
「アンタの『大丈夫』ほどアテにならないものもないですよ…」という呟きが空気に溶けた頃、目の前の豪邸の扉が開いた。
「ようお前ら」
「あとべおはよー」
「おはようございます」

「…ところで、どうやって跡部のやつ説得したんだ?あいつのことだからうるさかっただろ」
すすろが首を傾げる。
色々よく分かっていらっしゃる。さすが会員No.3だ。
「まあなぁ」
「俺様は樺地のことなんて別にーとかギャーギャー言ってたんだけど、日頃の感謝を込めて、ってことで丸め込んだわ」
「っおう…そこは武力行使じゃないんだな」
「当たり前だろ、ここは愛の力に賭けないとねー」
壁男が頷く。
「そうやで、愛の力見せてもらわんと」
「眼鏡ウザッ」
「忍足キモッ」

「えっ俺だけ?!滝は!!?」






場所は変わり、近所のスーパーにて。
「そういえば跡部、スーパーって来たことあるの?」
何気なく訊ねてみると、跡部の顔が爆発した。
……正しくは、爆発したかと思うような勢いで真っ赤になった。
と同時に、会長と壁男と眼鏡の視線が集中する。
「アーン!??アーン!??」
…駄目だ、会話にならない。
「…樺ちゃんとしか来たことないって言ってるC」
「あれで分かるのか!お前スゲーな!!」
グッジョブECC。
会長と壁男と眼鏡が一斉にメモを取りだす。
「アーン??!アアアアーン!!?」
動揺した跡部は振り子のように横揺れを始めた。正直怖い。

「色々ありますね、ねえ宍戸さん!」
「あ?ああ…どれが何なんだかよくわかんねーけど」
「違う違う、こっちよ」
「??」
「そんな本格的な粉やら砂糖やら、跡部に触らせるわけにいかないでしょ」
「こっちの、なんや…『サルでもできる!ケーキのもと』とかそのへんのやつにするで」
「何その挑発的な商品名」
「ファーッハッハッハァ!!どんなチンケな材料だろうと、この俺様の手に掛かれば最高級のスイーツになるってわけね!!」
「…跡部は異論無さそうね」
「ほなこれでええか」
「材料全部混ぜてオーブンに入れとけば、とりあえずは食べられそうだねー」
「あと牛乳とか卵とか?」
「チョコペンも買っとこう」
「あとべ、お菓子買ってE?」
どさくさでECCがカゴにポッキーを突っ込んだ。
「あ、跡部。ついでに会長への誕生日プレゼントにこれも」
「!?」
「本人目の前にして跡部の金で買わせる気なん!?しかも五円チョコ…!」





更に場所は変わり、すすろ邸。
先程豪邸を見たばっかりだから感覚が鈍っているけど、一般的に見ればわりと立派なお家だ。
「あらあらいらっしゃい!待ってたわよ〜」
扉が開くと、中から小柄な女性が飛び出してきた。
すすろの顔色が悪いので、多分お母さんなんだろう。
何故かその隣の短太郎が姿勢を正した。
「キャー跡部君久しぶり!忍足君もいらっしゃい!眼鏡割ってもいい?」
「ええっ」
すすろ母はわりとミーハーらしい。
短太郎の舌打ちが聞こえた気がする。
「あら、今日は女の子もいるのね!亮ちゃんのくせに!」
「あ、こんにちは」
「もしかしてバレンタインに亮ちゃんにチョコくれたのってあなた!?どう見ても義理なのにもうこの子ったらすごく喜んで自慢「ワーー!!ワーーー!!!」
「はあ、そうなんですか」
壁男と赤味噌と眼鏡がニヤニヤしながらすすろを見ている。
すすろは半泣きで蹲った。女子か。
「ささ、上がって上がって!!」
「ありがとうございますー」
「お邪魔しまーす」
……中学生集団の最後尾にさりげなく混ざる43歳を見て、すすろ母が少し怪訝な顔をした。



「狭いけど自由に使ってね」と通された台所に、パンパンに膨れ上がったスーパーの袋が鎮座している。
「明らかにいらねーもん買いすぎだろ」
「誰だよキャベツ入れたの」
「まあまあまあ」
「眼鏡、材料とそうじゃないやつ分けてくれる?」
俺?!俺なんもいらんもん買うてないで!」
「まあまあまあ」
「適当やな!!」
決して狭くはない台所なのだが、大きめの中学生(と43歳)でぎゅうぎゅうだ。
ECCは勝手にリビングで寝始めた。
一応、各人手を洗い、並べられた材料を見つめる。
「さあ、いい?皆。……これから先、色んなことがあると思う。
でも、たとえどんなことが起きても、絶対に手は出さないこと。跡部が作らなきゃ意味がないからね。…OK?」
「う、うーん…」
「努力はします」

「アーン?何をごちゃごちゃ言ってやがる、さっさと始めるぞ!!」
あんたのせいだよ、というツッコミは心の中にしまい、ケーキのもとの箱の裏面に目を通す。
「…とりあえず材料全部入れて泡立てればいいのね」
「簡単すぎませんか」
「いやいや、跡部だぜ?」
「うん、じゃあ跡部、卵割って。ちゃんと、この中にね」
ボールを差し出すと、跡部様は「ハッハッハ」とか言いながら指の間に卵を挟んで掲げる。
そういうのいいです。
「俺様の卵割りに酔いなぁ!!!」

グシァ

「………」
「………」
「…ごめん、俺らが悪かったね。殻は入らないようにしてもらえると嬉しいな」
「そういうことはもっと早く言えよ」

卵に殻が入ってしまった、というより、殻が卵に浸っている状態だ。
「…よかったね眼鏡、卵焼きにでもして食べなよ」
「ええっめっちゃジャリジャリするやん!!カルシウム豊富!!」

「ったく…卵も割れないんですか、アンタ」
見かねたぴよすがため息をついて歩み出てくる。
「いいですか、よく見てて下さいよ」
「ッチ…」
チじゃない。

ぴよす(多分片手でも割れるんだと思う)が丁寧に卵を割る様をまじまじと観察した跡部は、ふんと鼻を鳴らした。
何でそんなに偉そうなんだ。
「二度目の正直だ、俺様の卵割りに酔いなぁ!!!
ピシ、と音を立てて、静かに卵が割れた。
「お…おお」
「ちょっと殻入ってるけど、さっきのに比べりゃ大成長だな」
「すごいんだかすごくないんだか…」
「もう一個いける?」
「ファーッハッハッハ!!任せろ!!」
コツを覚えたのか、嬉しそうにどんどん卵を割っていく跡部。
……そんなにいらないので、残りは後でご飯に掛けて食べよう。


「よし、じゃあ次は牛乳ね」
「スケスケだぜ!!」
「牛乳で骨太やな!!」
跡部が牛乳パックを開けた。
…ご丁寧にイラスト付きで書いてある開け方は見事に無視したので、上部が全開になってしまったけど仕方ない。
「って待て!!!」
「アーン?」
「分量!!量らなあかんやろ!何なみなみと注ごうとしとんねん」
「……?入れれば入れるだけ美味くなるもんじゃねーのか?」
「んなわけあるかい!」
「前に樺地が作ってきたミルクたっぷりケーキは美味かったぜ?」
「今、上級者の話をすな!!っちゅーか何やそのエピソードkwsk!!!
kwsk!!!
kwsk語ってよし!!!
「ッ、アアアーン?なんで俺様がお前らごときに話してやらなきゃならねーんだよ!!!」
「秘密なんかぁ…それもまた萌え」
「やるねー」
あまり跡部を動揺させて、手元が狂ってもいけない。もともと相当狂ってるし。
ミルクたっぷりケーキの話、いつか明かされる日が来るんだろうか…
…ところで跡部、今どさくさに紛れて会長のことも「お前らごとき」って言わなかった…?


「このカップの、ここの線まで入れるんですよ。ねえ宍戸さん!」
「俺に振るな」
さっきから年下にばかり教えられている跡部。目も当てられないが、本人は至って真剣だ。
「なるほどな……ほうら、凍「凍らせたらあかーん!!」
眼鏡の阻止により、牛乳は固形化を免れた。
チッ、と舌打ちして、跡部はカップに牛乳を注いでいく。
上部が全開だから注ぎ辛そうだ。

「…よし、後はそこに粉を入れて混ぜる、と」
「あー、そういやハンドミキサー?は半年くらい前にぶっ壊れてそのままっつってたぜ」
「いいわよ、泡立て器の方が見た目が面白…素敵だからね」
「跡部の腕力なら余裕だよ」
「ハハハハハ!当然だろ!!」
跡部が泡立て器を掲げ、ボールに突き下ろす。
「破滅への泡立て器!!!」
「技名ダサすぎるでしょう」
「日吉が言うんだから相当ですよ!!ねえ宍戸さん!!」
「どういう意味だ鳳」


ガガガガガと高速回転する泡立て器。
――そして皆、あることに気付く。

「……減ってね?」
「…減ってるな」
「減ってますね」

明らかに、ボールの中のものが減っている。
しかし辺りに飛び散った気配はない。


「……?」
「!!?」
「どうした、忍足」
「眼鏡!眼鏡めっちゃ曇ってきた!!」
「?!」

「これはまさか…」
「霧だ!!霧になってる!!」
「何それすげえ!!」
「何の役にも立たないけどすげー!!」

「つまり今宍戸さんを舐めたら甘いってことですね!!?」
「ギャー!!!」



……そして2分後。
ボールの中のものは完全に消滅した。


「…ってダメじゃない!!」
「卵と牛乳はまだあるけど、肝心のケーキミックスがないな」
「…眼鏡」
「また俺!?」
「まあまあまあ」
「適当や!!」


30分後。

眼鏡が全力ダッシュで再度買ってきたケーキのもとを使い、何とか、型に生地を流し込むところまでこぎ着けた。

「すごいよ跡部、最初より大分早くなってる」
「ハァーッハッハッハ!!当然だ!!」
後はオーブンに任せて、今はじゃんけんに負けたメンバーが霧の掃除をしている。
ベタベタした床に這いつくばる会長(43)……もうすぐ44になるのに、哀れだ。


「跡部、ケーキ作りって難しいね」
「…まあ、思っていたよりはな」
うん、混ぜて焼くだけなんだけどねこれは。
「樺地君の苦労、ちょっと分かった?」
「………」
「………」
「………」
「……跡部?」
黙り込んだ跡部の顔を覗き込むと、静かに意識がトリップしているようだった。軽く白目だ。
…樺地君が作ってくれたケーキの数々を思い出しているんだろうか。気になる。

壁男が謎の技術で窓を綺麗にしてぴよすが驚いたところで、オーブンが鳴った。
と同時に、ECCが飛び起きる。
「いいにおいするC〜!!」
「とりあえず匂いは成功ね。ほら跡部、もう一息!!」
はっと我に返った跡部は頭を振り、前髪を整え、キングの顔を作り直した。
「よしメス猫、続きだ!」
素手でオーブンを開けようとする跡部を止め、ミトンを渡した。




「ちゃんと出来てますね」
「うまそーじゃん!」
「マジマジちゃんとケーキだC!!」
「『跡部でもできる!ケーキのもと』に商品名変えようぜ」
霧を掃除していた面々も、焼き上がったケーキに群がる。
「で、これどーすんだ?このままだと寂しくねー?」
「クリームでも塗るんですか?宍戸さんにクリーム塗ってもいいですか?」
「駄目だ」
「チョコペン買ってあるから、文字でも書く?」
「そうだな、いいんじゃねーの」
「あとべ、これ中にチョコが入ってるんだよー」
「…これで文字を書くのか?…こういうのは何て書くのが通例なんだ?」
「えー、『好き』とか」

ガッターーーーン!!!

跡部が真顔でひっくり返った。後頭部を打った。
「うわあ嘘嘘!!!えーとえーと『LOVE』とか!!」
「それも大体一緒や!!!」

ガッターーーーン!!!

立ち上がった跡部がまたひっくり返った。

「…もう『樺地へ』でいいんじゃないんですか」
「…そうだねー」




気を取り直して、温めたチョコペンの先をちょん切る。
「漢字は難しいから、ひらがなでええんやない?」
「そうだな………よし!!ここだ!!」
インサイトで見極めた一点にチョコペンの先が向かう。

流れるように描かれる文字、やたら輝いている跡部。
固唾を飲んで見守るメンバー達。


――そして文字は完成した。




「………」
「………」
「………」
「………」



「…どう見ても『やばい〜』だな」
「…やな…」

『かばじへ』と書いたはずの文字は、繋がったり、寄ったり、垂れたりして、どこからどう見ても『やばい〜』にしか見えない。

「やばいわりに緊迫感がありませんね」
「ツッコミどころはそこじゃねえよ」
「おい誰か指摘してやれよ」
「無理やろ、見てみいやあの跡部のやり切った顔」
「……」
「いや、樺地なら読んでくれるよ…きっと…」
「………」
「…そう…だよな…」
「………」


…樺地君の跡部理解力に全てを委ね、ケーキはそのまま箱に収められた。
勿論、箱に入れる前・入れた後、あらゆる角度から撮影済みだ。
樺地君の喜ぶ顔が楽しみだね、と言ったら、跡部が転んだ。
せっかくのケーキを危うく潰すところだった。危ない危ない。
代わりに眼鏡の眼鏡が割れたけど、何故か本人は満足げだった。ドMって怖い。











――ホワイトデー翌日。

「跡部、どうだった!?」
無事、ホワイトデーに樺地君にケーキを渡した跡部。
その顔は晴れやかだ。
「あの後、樺地の家行ったんやろ?一緒に食べたんか?」
「ああ」
「おいしかった!?」
「…悪くはなかったぜ。まままままあ樺地の作るケーキがどれほど素晴らしいかはよく、よよよよく分かったがな!!!
「そっか、良かったね」
「樺地は何て?」
「フッ…あいつ、相当喜んでやがったぜ。まあ当然だがな!!」
「ほうほう」
「箱を開けるなり『やばい〜』とか抜かしやがって、喜びすぎだろう!!全く可愛い奴だぜ!!ファーッハッハッハッハ!!!」
「……あ」
「……さすがの樺地でも無理やったか…」






後日。
すすろが血相を変えて私の教室に飛び込んできた。
「お前!!いつの間に!!」
「?」
「母さんが跡部と樺地の写真眺めてんの見ちまったんだよ!!どうせお前の仕業だろ!!身内はさすがに辛えよ!!!
「ああ、うん。協力員は続々増えてるよ、亮ちゃん」
「りょ………!!」
すすろは奥歯を噛み締めると、半泣きになって蹲った。女子か。

















「亮ちゃん」呼びはミュより。

2012.3.14