「バレンタインやね」
「そうね」
「そうだな」
「…もう何も言わんとこうな」
「おう」
「??何何?」
廊下に座り込んで休み時間の跡部部長を観察中。
首を傾げる先輩の隣で、宍戸さんと……えーと、眼鏡の先輩が遠い目をしている。
何の話だろう、宍戸さんが知ってて俺が知らない事があるなんて…!!
「あ、皆、チョコあるから割って食べてね」
跡部部長から目は逸らさずに、先輩が板チョコを差し出す。
「えっ一人ひとかけらかよ!!」
「贅沢言わないでよ、最近盗さt…録画した映像まとめるのにお金掛かっちゃって」
「…まあかなり録ってるもんな、あれ。盗ってるとも言うけど」
「部室の奥に映像室を開設した。大きなスクリーンで樺地と跡部の愛のメモリーを楽しんでよし!!」
「部員に断りなく部室改造しないで下さいよ!!」
「あれ非常口のドアとかじゃなかったのか!!なんか急に現れたような気はしてたけどよ!!」
「地下に作ったから、外からの見た目的にはあんまり変わってないんやて」
「すごい技術力だねー」
「すごいですね、ねぇ宍戸さん!」
「すごいけどよ!!」
「職人さんが一晩でやってくれました」
「またか!!!…ん?『また』?」
盗さ……隠しカメラの映像で見る樺地と跡部部長は、いつもより凄く穏やかで幸せそうな顔をしている。
俺たちもあんな風になれたらいいなぁ…と思ったら、宍戸さんに「顔がきめえ」と上履きで頭を叩かれた。
わざわざ上履きを脱ぐなんていう手間を掛けてくれたんですね、宍戸さん…!
「ハッ…!ちょい待ちや、板チョコ言うたら一枚12ピース、今ここに居るんはさん除いて8人…
今年は余裕でチョコ貰えるんちゃうの!?……ん?『今年は』?」
「あ、おしたりまだ食べてなかったんだー?残り俺が全部食べちゃったC!メンゴメンゴ」
「えっ」
「…さあ、今年は初心に返って、跡部から樺地君にきちんとチョコレートを渡させましょう!……ん?『今年は』?」
何故か急に床に頭を打ち付け始めた眼鏡の先輩は無視して、先輩は相変わらず跡部部長から目を逸らさずに話を続ける。
「さっきからやたら鞄を気にしてるのよね、跡部…多分樺地君へのチョコが入ってるはず!」
樺地も跡部部長も照れ屋さんだから、バレンタインはとてもいいきっかけだと思う。
宍戸さんももう少し照れ屋を直してくれないかなあ…と思ったら、宍戸さんに今度は眼鏡の先輩の上履きで叩かれた。嬉しいんだけど何かすごく悔しい。
上履きを取られた眼鏡の先輩はまだ床に頭を打ち付けている。
「ところで皆さん、ここに二枚の紙があります」
「なになにー手品ー!?」
「なワケねーだろ、が持ってるのなんかろくでもねえモンに決まってる…」
「朝イチで樺地君と跡部の靴箱にお手紙を入れてきました。これはその下書きです」
「ほらな」
「ちぇっ」
「二人…と言うかまあ大体跡部宛てだけど、他の子からの手紙は靴箱には入れないように手を回してあるから」
「跡部ファンからの反対酷かったんやけどな〜、オッサ…監督とさんが出たら一発やで…」
「恐ろしい世界だな…」
「さすが愛の使者ですね!俺も見習います、宍戸さん!」
「俺に報告すんな」
俺も宍戸さんの靴箱にお手紙が入らないように手を回さなくちゃいけないなあ…。
「どっちにも、部活後に中庭に来るように書いてあるんだよね。やるねー」
「跡部がちゃんと読むように、赤ペンで『樺地君が好きなら読んで下さい』って書いておいたから大丈夫やで」
「それで読むわけないでしょう!なんでそのへん適当なんですか!!」
「読んでました」
「読むのかよ!!」
宍戸さんと日吉のコンビネーションツッコミ…悔しいけど息ぴったりだ。
俺もツッコミを入れられるように頑張ります、宍戸さん!もうサーブだけなんて言わせません!!
「まあ、読んじゃったからには来るでしょう。跡部、案外義理堅いし」
予鈴のチャイムの音と同時に、じゃあまた部活後に、と言って宍戸さん達は階段に消えて行った。
宍戸さんが他の人達と仲良さそうにしてるのを見送るのって、何かちょっと妬けちゃうなあ…
…と思ってたら、足元に いつの間にか寝こけていたジロー先輩が放置されていた。拾ってって下さいよ!
呼び出しには慣れていると思うから、多分樺地の事でそわそわしているのだろう跡部部長と、分かりづらいけどちょっと落ち着きのない樺地。
何だか、見てるこっちまでどきどきしてきた。
部活が終わり、二人を撮影していたらしい先輩が駆け寄って来る。
レギュラーにチョコを渡す目的ではないというのが分かり切っているからか、周りの女子達も先輩にはもう何も言わないらしい。
部室の外の木陰に身を潜めると、樺地と跡部部長も部室から出てきた。
「樺地、悪いがちょっと俺様は用がある。ま…待ってろよ!いいな!」
「あ……俺も、用事、です」
「!!?…ま、まさか、女子からの呼び出しとか言うんじゃねぇだろうな?アーン!?」
いつも通りの口調で冗談めかして言っているつもりらしいけど、最後のアーンがいつもより必死な感じだ。
「ウ……女子からか、は、…分かりません」
「アーン!!?」
「名前、なかった…ので」
「手紙か!!……クソッ、メス猫だかオス犬だか知らねえがナメやがって…!」
「?何か、」
「い、いや、何でもねえ。…場所はどこだよ」
「中庭……です」
「そうか、俺様も中庭に用がある。丁度いい、どこのどいつだかこの目でしっかり見てやるからな…!!」
「?」
「あぁ、気にすんな、行くぞ樺地」
「ウッス」
並んで中庭に向かう二人の後をぞろぞろと追い掛ける。
嫉妬に狂う跡部…!と呟きながらシャッターをきる先輩と、
焼きもちやき跡部…!んもう樺地ってば俺様が呼び出されてるのに何とも思ってないの?と裏声で呟いて向日先輩にひっぱたかれた…スケッチブックを構えた眼鏡の先輩。
二人とも移動しながらなのに全く手元がぶれていない。
「…誰も居ねぇな」
「ウス…」
「中庭は関係者以外立入禁止にしてあります」
「抜け目ないねー」
「まあ、元々部活終わった後に来る人もそう居らんけどな」
「ったく、人を呼び出しといて先に来てないなんて、礼儀のなってない奴だな」
「ウ…」
「相手をそれとなく貶す作戦やね」
「でも樺地には逆効果じゃないですか?人を悪く言うの嫌いみたいですよ。ねえ宍戸さん」
「まあ樺地らしいな」
「…あ、跡部が気付いたわよ。…さすがキング、観察力は樺地君にも負けないわね」
「?何にだ?」
跡部部長の視線の先を辿る。よく目を凝らすと、…紙?みたいな物がある。
「クイズ!忍足〜、ドーン!!ダラツタッ☆」
「あの紙には何て書いてあるでしょーか!」
「宍戸、答えてよし!」
「俺かよ!ってか忍足が出題すんじゃねーのかよ!!ドーンて何だ!!」
「ツッコミが長い」
「ツッコミがくどい」
「うるせえよ!」
「ダメ出しされる宍戸さんも素敵です!」
「うるせえよ!」
「『手紙はどっちもウソです!好きな人にチョコレートを渡すチャンス!』って書いてあるぜ」
「正解!目ェええなあ、岳人」
「結局答えさせてくれねえのかよ!!」
「…………」
「…………」
「…部長、明らかに落ち着きなくなりましたね」
「そわそわしすぎて残像見えてるC…」
樺地への呼び出しが嘘と分かり、自分がチョコレートを渡すことの方に意識が移ったらしい。
頑張れ樺地!頑張れ跡部部長!!
「…おい、樺地」
「ウス」
「誰も来ねえみてーだし、先に、こ、こここここここ」
「?ウス」
「こここここここれ、先に」
「ウス」
「先に、これ」
「あかん、おんなじ事しか言えんようになってしもうとる」
「頑張れ跡部!そして行け!そのまま行け!!」
「やめて!!やめて!!!」
「眼鏡うるさい、良いところなんだから黙って」
「あっ…はい」
しょんぼり膝を抱える眼鏡の先輩はスルーして、皆跡部部長に注目している。
宍戸さんや日吉も、いつも嫌がっているわりに乗り気と言うか、気になっている様子だ。
「こここここここ」
「ウス……」
「これ!」
鞄に手を入れたまま構えていた跡部部長が、ようやく箱を取り出して樺地の前に突き出した。
と同時に切られるシャッター、捲られるスケッチブックと楽譜。
宍戸さんは、思わずおっと声を出してしまって滝先輩にトランプで口を塞がれた。
「ウス?」
「…………」
樺地が首を傾げているけれど、跡部部長はチョコレートを差し出した状態、ボウリングの投球後みたいな姿勢のまま固まってしまっている。
「…くれる…ん、ですか?」
「…………」
姿勢はそのまま、言葉は出ないみたいだけれど、跡部部長は何とか頷くことに成功した。
「ありがとう…ござい、ます」
「…………」
樺地がそっとチョコレートを受け取ると、跡部部長は再度頷いた。
樺地はチョコレートを大事に鞄にしまうと、また別の包みを取り出した。
と同時に切られるシャッター、捲られるスケッチブックと楽譜。
宍戸さんはトランプで口を塞がれたままだ。
「跡部さん、お口に合うか…分からないです、けど、貰って…下さい」
「…………」
オブジェと化してしまった跡部部長の顔が、みるみる赤くなる。赤を通り越してウルトラヴァイオレット。
貰ってくれないのかな?と樺地が首を傾げると、跡部部長は頷きながら少しだけ右手を揺らした。
「ウス」
樺地宛のチョコレートを持った形のまま固まっている跡部部長の手に、チョコレートを握らせた樺地は、ぐるりと辺りを見回してまた首を傾げた。
「…誰も、居ない…です」
「…………」
「そう!誰も居ない!!だから行け!そのまま行け!!」
「いややー!!いややー!!」
「樺地誘い受け…やるねー」
「いややー!!いややー!!」
騒ぐ眼鏡の先輩は、先輩と滝先輩に一枚ずつ眼鏡のレンズを叩き割られた。
ちょっと満足げな顔をしているのが何だか腹立たしい。
さっきの樺地の言葉に興奮したのか、跡部部長の鼻から一筋の鮮血が流れた。
その後、オブジェになった跡部部長を何とか椅子に座らせた樺地は、手紙の主を待ってか、学校が閉まるぎりぎりまで中庭に居た。
その間に跡部部長は何とか人間に戻り、そして立ち去る少し前に樺地と二人で何かを書き置きして行った。
「跡部達、何書いて行ったんだ?」
「マジマジ気になるC」
「…その割に目が半開きですよ、芥川さん」
「読んでよし!」
「何々……『手紙を寄越したのなら顔くらい見せやがれ、告白ならお断りだ。なあ樺地?ウス。跡部景吾・樺地崇弘』」
「連名ですか…素敵ですね!宍戸さん!」
「胸が熱く頭が痛くなるな」
「これは…我が会の家宝…もとい会宝ね…!!」
「これは額に入れて映像室に飾らなあかん!!」
「でもその前に帰り道ウォッチングだねー」
結局何だったんだろうな、あの手紙…と呟きながら帰る幸せそうな二人の背中を追い掛け、またぞろぞろと移動が始まった。
「…ところで、宍戸さんはチョコ…貰ったりしたんですか?」
移動中、こっそり訊ねると睨まれた。
何だか泣いてるように見えた気もするけど…気のせいかな?
長太郎難しいな!
2011.2.14