「バレンタインやね」
「そうね」
「そうだな」
「…前にも一緒にバレンタインしたような気がするんやけど」
「……そうだな」
「気のせいよ」

廊下に座り込んで休み時間の跡部を観察中。
やっぱり何かデジャブやーと隣の忍足が呟いている。
デジャブって何か知らねーけど。しゃぶしゃぶみたいなもんか?

とか思ってると、俺を脅してここに座らせた張本人・が不満げに口を開いた。
「そうよ。バレンタインなんだから何か寄越しなさいよ」
「何やのそのカツアゲ!!」
「つーか、バレンタインだっつーならそっちが何か寄越せよ」
「何言ってんのよししろ、今年は逆チョコ☆でしょ。坊っちゃまも言ってるじゃない」
「は?坊っちゃま?…跡部か?」
「ああ違う違う、蜻蛉じゃなくて蠍の方よ」
「は?」
「名無しの保護者ちゃん、もう中学生になるんやなあ。俺と二つ違いやで?」
「うわあ…ぱっと見ロリコンと幼女なのにね」
「失礼なこと言うなや!」
…こいつら、たまに訳分かんねえこと言うよな…。
いや、いつも訳分かんねえんだが。分かりたくもねえしな。

「なんてね、ちゃんとあるわよ。はいししろ」
そう言うとは鞄から小さな袋を取り出した。
「お、おう…サンキュ」
手作りか…?今回は溶けてないんだな。………ん?今回??
「…あのー、すんません、さん、俺には「ところでししろ、分かる?」
「何がだよ」
ああうん、どうせこうなるって分かっとったけどな…何故か…と呟いて膝を抱える忍足は無視し、は教室の中を指差す。
「跡部の様子。本読んでるけど、ほら」
「……ああ…」
ちらっちらちらっちらドアの方気にして、どうもそわそわ落ち着きがない。
一応本を手に持ってはいるが、読んでるふりさえできてねー。
…つーか、真ん前にチョコ持った女子が三人も居るのに一切気付いてねえ。
女子達は跡部の鬼気迫るちら見ぶりに、話し掛けるタイミングが掴めないらしい。

「くっそ跡部の奴…興味ねーんだったら女子譲れよ!!」
「うわーモテない男の僻みこわーい」
「ほんまやーこわーい」
「うるっせーよ!!何だよ、そう言うお前は貰ったのか!?」
「俺?俺はもう五つももろたでー」
「っ!!」
マジかよ!!
そうか、こいつぱっと見はいいもんな…後輩なんかだと本性知らずにうっかりあげちまったりするんだろうな…可哀相に…
「私も本命ですって三つ貰ったよ。女子から
「マジか!!」
「逆チョコやないんかい!!」
「うち一人はカフェテリアのおばちゃん」
「予想外!!」
盗聴盗撮ストーカーが趣味の奴らがチョコ貰えるなんて、世の中間違ってるだろ…!!

そう現代日本を憂いていると、隣のストーカー達がはっと顔を上げた。
「何だ?」
「跡部が動きだした!」
周りのざわめきで音は聞こえてなかったが、教室の中を見ると跡部は俯き、両手を机について立ち上がっていた。
「痺れ切らしたわね」
「女子達びびって逃げて行きよったで…」
廊下に座り込む俺らには目もくれず、跡部はふらふらと教室のドアから出て行った。
「よし、追い掛けるわよ!」
…これからどこに行くのか大体予想がつくようになっちまったあたり、もう俺も…手遅れなのかもな…

げんなりしながらついて行くと、途中、人混みの中から見慣れた赤い髪がひょこっと覗いた。
「お、どこ行くんだ?お前ら」
「岳人やん。今暇か?」
「おう、暇だぜ」
「ほな一緒に行こうや。ウォッチング」
「げっ…またやってんのかよお前ら!!」
岳人は眉を寄せて、あからさまに嫌そーな顔をする。
お前『ら』の中に俺も含まれてんのかな、って考えると悲しくなるな…。
「いいから来なさいよ、赤味噌」
「赤味噌じゃねーし!!クソクソ!!」
岳人は文句を言いながらも、の掴み技の痛みを学習したのか、割と素直について来た。
…こうしてだんだん引きずり込まれて行くんだな…可哀相に…


跡部が向かった先は、残念なことに俺の予想通りの場所だった。
…2年B組。
「樺地のクラスだよな?ここ。跡部がわざわざ来るなんて珍しいなー。何の用だ?」
教室のドアの前に立つ跡部を見て、岳人が首を傾げる。
…俺も、入会させられてすぐならそう思っただろうな…
どうかそのまま、分からないままで居てくれと願いながら、俺はそっと目頭を押さえた。
「…ん?何や」
「様子がおかしいわね」
跡部を凝視していたストーカー達が首を捻った。
「ああ…」
確かにおかしい。
跡部はもう一分近くドアの前に立ったままだ。
樺地にチョコの催促したいならさっさと入ればいいだろ、と思いながら、教室の中が見える位置に移動する。
すると。

「!!」
「うわ…跡部…」
その光景を見て、全員の顔が青ざめた。

「お、いーなー!俺も欲しい」
…岳人以外。

「ありがとう樺地君!」
「美味え!お前絶対プロだろ!!」
「ホワイトデーどうしよっかなー」
教室の中には、男女問わずクラスメイト皆に囲まれて、その一人一人にチョコを手渡す樺地の姿があった。
心なしか嬉しそうな樺地、と、目も口も開いたままの跡部。怖ぇよ。
そして、音もなくシャッターをきり続ける
…お前これ撮って楽しいのかよ」
「永久保存版よ!」
「会話になってねえよ!」
「何言うとんやししろ!!ようやく気付いた自分の気持ち…!その大きさに戸惑いたじろぎ立ち尽くす姿!!これぞ芸術やで!!」
「ししろって言うな」
「侑士きめー」
「眼鏡うざっ」
「ひどっ!!さんまで!!」

罵倒された忍足がちょっとマジで泣き始めたその瞬間、ぴくりとも動かなかった跡部がついに──崩れ落ちた。
「な、跡部突然何やってんだよ!?何だこの負のオーラ!!侑士よりすげーぞ!!」
「はっはっは、ほんまやなあ…ん?あれ?今俺、貶された?」
普段、地面に落ちた物なんざ俺様がわざわざ拾うわけがねーだろファーッハッハッハとか言ってる奴が廊下に突っ伏してる様はちょっと見てて愉快だ。
廊下を行き交う生徒達が皆跡部を訝しげに見つめては通り過ぎて行く。
通りすがりの若も、話し掛けるか掛けまいか悩んだ挙げ句、元来た道を引き返して行った。
明日の学園新聞のトップ記事はこれになるかもしんねーな…
すっかり○| ̄|_←これになっちまった跡部に近付いて様子を窺うと、小さな呟きが聞こえてきた。

「…か、樺地の……尻軽……っ!!」

どんだけ思考飛んだんだこいつ。
は物凄い速さで小さなノートに何かを書き込み始め、忍足は耳を塞いで聞こえへーんピュアな台詞しか聞こえへーんとうわごとのように唸り始めた。

ii||(:.o)| ̄|_||ii
φ゙(Φ∀Φ )
(∩○д○)アーアーアー ピュアヤモーン

…何だこの光景…
怯えた岳人が俺の背中に隠れたところで、次の授業のチャイムが鳴った。
だが、膝をついた跡部はそれでも動かない。
…さすがに放置して行くのはまずいか…
そう思って恐る恐る肩に手を置くと、跡部の身体はびくりと動いた。
「…お、おい跡部…チャイム鳴ったぜ?」
すると跡部は素早く立ち上がり、俺をきっと睨みつけて走り去って行った。
「あらー、今絶対宍戸が脈絡なくぶたれる思ったのに」
「そうね…それか脈絡なくあんたの眼鏡が割られると思ったわ」
「俺!?」
「それだけショック受けてるってことでしょうね…」
「やんなぁ…」
…見間違いかもしれない。気のせいかもしれない。
…でも、さっき…
「……跡部、泣いてた…?」
「え、ほんまに!?」
「チッ…撮り逃したわね」
どんだけ凹んでんだよあいつ…!!
呆れながら、俺も自分の教室へと急いだ。


そして昼休み。
面倒に巻き込まれたくないという一心で、忍足とが来る前にどこかへ逃げようと教室を飛び出した。
が、しかし。
ドアの前にわざわざ椅子を持って来てまで待ち伏せていた監督に、敢えなく捕獲されてしまったのだった。
「来たわね」
監督に連れられ跡部のクラスの前廊下に向かうと、召集を掛けられたのか、俺以外の会員も全員揃っていた。
「さて、いつもやったら我先にと中庭に向かう跡部君ですが。今日はこの通りや」
忍足が返した手の平の先には、机に頭を乗せたまま身じろぎ一つしない哀れな跡部の姿があった。

「ぴよし、短太郎、今日樺地君何か用事があるとか言ってた?」
「日吉です。…特に何も言ってませんでしたが」
「俺も聞いてないです。ねえ宍戸さん」
「知らねえよ」
つーか、短太郎と呼ばれてることには疑問も不満もねーのかお前は。
「じゃあやっぱりさっきのあれが原因ね」
「どう見たって義理なんは分かるはずやのにな…分かっとっても納得出来へん複雑な乙女心…☆やな」
「星付けないで下さい」
「侑士きめー」
「眼鏡うざっ」
「忍足うっとうCー!」
「忍足先輩気持ち悪いですね、宍戸さん!」
「ああ」

会員数と共に増えるバッシングに心を閉ざす忍足は放っといて、が作戦を立て始める。
「今のところ連絡した様子もないから、多分暫らくしたら樺地君が様子を見に来ると思うの」
「それで?どーすんだ?」
「そうしたらその時、跡部から樺地君へチョコを渡させようと思います」
「え…渡すって言っても、跡部部長がチョコ持って来てるとは限らないんじゃ…ねえ宍戸さん?」
「知らねえよ」
「そうね。だから…ほら!何膝抱えてぶつぶつ言ってんのよ眼鏡、とっととチョコ買って来なさい!ダッシュ!!」
「えー…俺…?何でこういうパシリ的なん全部俺痛い痛い痛い痛い痛い!!行きます!!行きます!!」
言われた通りダッシュで廊下の先へと消えて行く忍足を見送りながら、とりあえず廊下に座り込む。
あ、弁当持って来るの忘れたな…取りに行くなら今のうちかもな。

そんなことを考えてると、動かない跡部を色々な角度から撮影しながら、が自分の鞄を指差した。
「そう言えばししろ以外まだだったわね。鞄の中にチョコ入ってるから自分で取ってって。会長もどうぞ」
鞄からチョコを出す隙さえ惜しいらしい。どんだけ撮りてーんだよ。
「マジマジ!?ありがとー!!」
チョコと聞いて即座に反応したのはやっぱりジローだった。
今日は珍しく寝てないなと思ったら、これの匂いを嗅ぎつけてたからか?もしかして…
「サンキュー!」
岳人も疑いなく鞄に手を突っ込む。そのチョコにどんな魔の契約が潜んでるかも分からないのに、幸せそうな笑顔が眩しい。
「有り難く頂くぞ、
…女生徒の鞄に手突っ込む教師(43)って基本NGだよな…。他の生徒に誤解されないことを祈るぜ。
「…有難う御座います」
甘いもの苦手なくせに、ちゃんとお礼言って貰うあたり若は偉い。そうだな、ストーカーでも一応先輩だもんな。
「ありがとうございます!ねえ宍戸さん!」
「そこで俺に振る意味が分からねえ」


それぞれがチョコを受け取り、弁当を食べ終わる頃、廊下の向こうから息を切らして髪のボリュームが倍くらいになった忍足が帰って来た。
「買うて来たで〜…」
「遅い」
「理不尽!!」
眼鏡は割られた。

「あー…ほんま、もうあんまりチョコ残ってへんかって…こんなんしかあらへんかった」
そう言って忍足が袋から出したのは…やったら可愛いうさぎ型チョコだった。
「まあ…樺地君の趣味には合うんじゃない?じゃ、ししろと短太郎、よろしくね」
「は!?俺!?」
何かやるんだったら打ち合わせしろよ!!今時間あったんだから!!
「私と眼鏡は販売員役で。会長と赤味噌とぴよしと…もう寝てるけどECCは、もし樺地君が早く来ちゃった時の時間稼ぎのため待機」
「なるほど。了解した」
「お願いします。じゃ、行くよ」
は監督に軽く頭を下げると、足取りも軽く教室へと入って行く。
…何すんのか分かんねーけど…もう逃げらんねーか…。
溜め息を吐き、忍足、長太郎に続いて俺も教室に足を踏み入れた。

目の前まで来たが、は微動だにしない跡部には話し掛けず、長太郎に何かを耳打ちする。先に打ち合わせしとけっつーの!!
そして長太郎はそれに頷くと、
「宍戸さーーーーん!!!!」
「ぎゃああああああああっ!!!」

俺に飛び掛かってきた。
…思わず拳で沈めちまったが…あれ?今の、の指示か?
だったら悪いことしたな…
…なんかちょっと満足気な顔で倒れてるけど…

そう思ったところで、が口を開いた。
「おやおや、またフられてるよ長太郎のヤツ」
口調おかしいだろ。
何だよ急に!!
つーかちゃんと名前分かってんじゃねーか!!
思わずツッコミそうになる口を噤み、後に続く忍足の台詞を聞く。
「ハハハ、本当だね。でも大丈夫、これさえあればあの長太郎だって宍戸とラブラブさ!」
お前もか。
関西弁のないお前なんて味噌のない味噌汁だぞ!!
しかもわざわざウインクのオプションとかいらねーんだよ!!
どうせ跡部突っ伏してて見てねーんだから………って見てる!!!いつの間にか微妙に見てる!!!上目遣いすぎて白目みてーになりながら見てる!!!跡部様が見てる!!!

「あっ、それはもしかして、今流行りの逆チョコってやつかい?さすが忍足だね!」
「ハハハ、照れるな〜。じゃあ早速、逆チョコの効果を検証してみよう」
跡部、さっきより見てる。
じわじわ顔が上がって行く…。本当、生気抜け切った顔してやがるな…。
その視線の先では忍足が長太郎にチョコを手渡し、「頑張れよ」なんて言いながら肩を叩いている。
…ってことは、ちょっと待て。
このコント、俺が長太郎を受け入れなきゃ成り立たないとかそういう……!!!
慌てて顔を上げると、それは…それはそれはもう輝かんばかりの微笑みを湛えたがこちらを見ていた。
…ああ。さようなら俺の意志。俺の自由。
「宍戸さーーーん!!チョコ貰って下さーーーーーい!!!!」
くッ…!!
「あ、ありがとう…!!ありがとうな長太郎…!!!!…ぎゃあっ!!!
長太郎の全身全霊のタックルを受け、俺は床に全身全霊のタックルをかますことになった。
「わぁお、効果は抜群だね!」
「フフフ、そうだろう?これさえあれば、意地っ張りなあの子も、照れ屋な後輩もイチコロさ!」
俺にかぶさったままの長太郎と痛みから来る涙で見づらいが、跡部の身体がぴくりと動いたのが分かった。もう一押し…!
俺がこんだけ犠牲になってやってんだ、無駄にしたらただじゃおかねーぞ…!

「しかもこの逆チョコ、今なら何と…たったの9,980円!!」
「ええっ、そんなに安いのかい!?これは買いだね!!」
高ぇよ。
背中合わせで親指立ててポーズとかいらねぇんだよ。
つーかどっちも男だから逆チョコでも何でもねえよ。
…だがまあ、跡部の感覚なら安いうちか…?
「おっと、そこの跡部くんもお一つどうだい?」
「跡部くんだけの限定販売、今ならなんと!50%OFF、4,990円で買えちゃうんだ!!」
出た!お約束・今だけって言いながら別に全然限定じゃない販売!!
半額でも十分ぼったくりなのに、ちょっと安く感じるぜ…

「…買う」
「お!本当かい?」
「……だが、効果が見られなかった場合誇大広告として訴えるからな」
「ああ。構わないよ」
おお!俺の犠牲が実を結んだ……って、買わせるのが目的じゃねーんだよな……まいっか。
しかしこのキャラいつまで続ける気だこいつら。
そんでいつまで乗ってるつもりだ長太郎。
ふとドアの方を見ると、監督が救難信号を発していた。どうやらもう樺地が来ているらしい。
「おい忍足、
顎でドアを指すと、二人とも頷いた。
「じゃあな、跡部くんも頑張れよ」
「きっと上手く行くさ!」
アメリカンテイストならではの根拠のない励ましをかけ、忍足とは教室を後に……って長太郎、そろそろ退け。


「…あのなあ、何かやるんだったら先に言っとけよ!いつの間に打ち合わせしたんだよお前ら!!」
「え?何?打ち合わせだ?ハハハ、いいかい宍戸、よーく聞くんだ。そんなもの、僕らの間には必要ないのさ。分かるかい?」
「あれ打ち合わせなしでやったのか!?すげーな!!もっと別のとこに活かせよそのコンビネーション!…っつかいつまでそのキャラ続けるんだよ!」
「本当に…何だったんですかあの訳の分からない長芝居!こっちはバケモン引き止めるの大変だったんですよ、向日さん隠し事とか出来ないタイプなんですから…」
「な、何だよくそくそヒヨッコ!!俺のせいにすんな!!」
愚痴る若達と合流し、教室の外から跡部と樺地の様子を窺う。
さっき俺たちが騒いだのと、昼休みに樺地が跡部のクラスに来ているという珍しい状況のせいか、教室が少し静かになって僅かだが会話も聞こえるようになった。

「…あの、跡部…さん」
「………」
どうして来ないのかと単刀直入には訊けないらしく、樺地はおろおろしながら声を掛ける。
…が、跡部は返事をしない。
拗ねた跡部の顔…!貴重だわ!!と小声で叫びながらがシャッターをきる。
「今日…は、どうして」
「…樺地」
「ウ、ウス」
「………」
机の中に入れた腕──チョコを掴んだ腕に力が籠もる。
「…いや、別に。何でも…」
「ウス…」
ああ焦れってえ!さっさと言っちまえよ!!
若も興味ないふりをしていながらも、足が忙しなくタンタン動いている。
「飯は」
「?ウス、ここ、に、」
樺地は弁当箱の入った巾着を目の前まで掲げる。
中庭からそのまま来たんだろうから、そりゃ弁当箱も持ったままだろうな。
「…まだか」
「ウ、ウス」
「…じゃあ、食おうぜ」
「ウ?ウス…」
自分と食べてくれるなら、どうして中庭に来なかったんだろう?と首を傾げながら、樺地は跡部の前の席の椅子を拝借し腰掛けた。

「うーん…まどろっこCィ…」
「お、起きたのかジロー」
「かんとくおっさん臭くて目ー覚めちったC……」
「!!!」
「そうね…確かにおっさん臭いしまどろっこしい」
「!!!」
は○| ̄|_←これ二号になった監督はスルーし、シャッターを連射しながら顎に手をやって考え始めた。
「…よしししろ、短太郎といちゃつきながら跡部達の脇を通過してらっしゃい。逆チョコ効果を見せて勇気づける作戦よ!」
「また俺か!!」
「宍戸…、行ってよし」
「くっ……」
…人間は…武力や権力に屈伏してしまう、弱い生き物です…


「………」
「………」
沈黙。
跡部達の間には、目に見えるほどの気まずい空気が流れている。
弁当はすげー美味そうなはずなのに、全然そう見えないから不思議だ。
…あそこに突撃すんのか…
はあ、と大きく息をつくと同時に腹は括った。
「…よし。行くぞ長太郎」
「はい!」
ガッ!!と格闘技かというような音を立て、長太郎と腕を組む。
「…ちょ、長太郎!お前はー今日もー…えーと……背!背が高いな!!」
「えー!?背が高くて格好いいなんて、照れちゃうなあ…宍戸さんこそ格好いいですよ!!」
ハハハフフフとわざとらしい笑い声を立てながら、跡部達に近付いて行く。
周りの奴らの視線は今は気にしちゃいけねぇ…!残りの学園生活<今日の安全、だ!!
「そ、それに気付けたのもーやっぱりー逆チョコのお陰だなあ!!」
「そうですね、こうして宍戸さんと居られるのも逆チョコのお陰ですね!!」
フフフ、ハハハ、と跡部達の横を通り過ぎ、教室をぐるっと一周して、入った時とは逆のドアから出て行った。

…と、同時に俺は○| ̄|_←これ三号になった。
岳人がぽんぽん俺の背中を叩く。
「お疲れ宍戸、……泣くなよ」
「泣いてねえよ…」
他はみんな跡部達に釘付けってどういうことだよ、学園生活投げ出した俺をちょっとは労えよ…!

「……」
跡部はさっきと同じように、無言のまま机の中に腕を突っ込んでいる。
…だが、さっきとは全然表情が違う。
何つーかこう…、いいアイデアが浮かんだ時の五歳児の顔だ。
うずうずとタイミングを計るように、目線だけ動かして樺地と机の中を交互に見ている。
「…?どうか…しまし、たか」
きょろきょろ落ち着かない跡部に気付いた樺地が声を掛けた。
「!!!あ、あの…あのな!」
「ウス」
「その、あ、えーっと……く、くれてやる!!!
ドーーーーン!!!とどでかい音を立てて机に叩き置かれたうさぎ。
と同時にきられるのシャッター。
忍足も、後でスケブに現像やー!!とか言いながらガン見している。

「…チョコ……です、か?」
「お、おう」
悩んでる間握ってたせいで、ちょっと潰れ気味のうさぎを樺地が摘み上げた。
「ウス。ありがとう…ござい、ます。可愛い、です」
!!!ば、ばーか!!な、何何何何言って」
明らかにうさぎに向けて言った『可愛い』を何か勘違いしたのか、跡部は慌てて鼻を押さえる。
は今の樺地の発言を無事録音したのか、よしっ、と小さく拳を握った。
…うん、その1メートルはあるもさもさした本格的なマイク、一体どこから出してきたんだろうな。

「だ、……だから、お前……」
「ウス」
俺達が傍を通ってからずっと落ち着きのなかった跡部だったが、急に下を向いておとなしくなった。
「…ウス?」

「お前……お、おれさばにもちょこよ゙こぜよ゙!!!

泣いたーーーー!!!!!

いや、正確にはまだ泣いてないんだが、目は潤んでるし口は噛み締めてるし鼻の穴なんてぴっくぴくしている。
派手に転んで顔面強打したのに、もうお兄ちゃんなんだから泣かないの!って言われちまった五歳児の顔だ。
ガン見の忍足とシャッターきるとビデオ構えて楽譜を書きだす監督。
…何だかんだで若もすげー見てる。こいつが一番まともだと思ってたのに、案外こいつが一番やばいのかもしれねぇ…

「…ウス。勿論…です」
「!!」
跡部の鼻の穴がより一層ひくつく。…こんな不細工だったか?こいつ…
「ンギッ……ほ、ほんっ…ほんとか!?」
ンギッて何だ。
貫禄まるでなしの跡部に、樺地は優しく笑いかける。
「ウス。帰る時に……渡し、ます」
「お、おう!!」

二人はまだ気付かない。
教室中の視線が、全て自分達に向けられていることに。
そして俺も、まだ気付いていなかった。
廊下中の視線が、全て俺達に向けられていることに。


その日の帰り、樺地が跡部に渡したのは、中身は分からないがクラスの奴らに渡してたのとは明らかに違う、凝った包装のチョコだった。

そして翌日。
また廊下に座り込んでいた俺達に気付いた跡部が、上機嫌で近寄ってきた。
「ようお前ら。昨日はお前らにしちゃなかなかいいモン売ってくれたじゃねーのよ」
「それはどうも」
…あれが無くたってチョコは貰えたはずなんだけどな。
こいつ詐欺とか引っ掛かるんじゃねーか…何でも買える金があるぶん、余計心配だぜ。
「『跡部さんは背が高くて格好いいです』だとよ!!ファーッハッハッハッハ!!!」
「うん、陰から見とったから知っとるで」
「アーン?何か言ったか?」
「いえ」
「この礼、すぐでも構わねーんだが…そうだな、ホワイトデーに返してやろう。楽しみにしてやがれ!!ファーッハッハッハ!!」
「わー楽しみ!現金か撮影機器がいいなあ!」
「俺はトーンがええなあ、手描きでキラキラフワフワな雰囲気出そう思たら締め切り間に合わへんねん」
高笑いを響かせながら教室に戻って行く跡部の背に、勝手な期待を投げ掛けるストーカー達。
…俺、一番頑張ったと思うんだけどな…。何かくれねーかな…

「お、また居んのかお前ら!」
威勢のいい声に振り返ると岳人が立っていた。財布を握り締めてるから、購買にでも行くんだろう。
「あ、そうだ、チョコありがとな!なんか呪いの人形みたいな形してたけど、味は美味かったぜ!」
「そう、よかった」
「え?岳人ももろたん!?」
「ん?みんな貰ってたけど?」
「えええ………あ、あの、さん?俺には「ところでししろは貰えたの?」
!!!……な、何で俺に振るんだめ……!!
「あ…ああ……のやつ入れて、二つ…だな…」
「そうなの?よかったじゃない」
「…あ、ああ」
「マジでか?誰からだよ!」
「い、いやーそれは…プライバシーもありますし…」
は、早く何か次の話題を見つけねーと…
「何だよケチくせーな!!あ、まさか母ちゃんからとか言わねーよな!?」

──ギャハハと笑う岳人の声。
忍足の隣で、俺も○| ̄|_←これになった。
















我ながら(:.o)| ̄|_←これはひどいと思う。
宍戸はこんな言葉知らんだろ!っていうようなところが何箇所かありますね…

2009.2.14