三月十四日、ホワイトデー。
バレンタインに頑張った可愛い女の子(一部例外で男子)がドキドキしてお礼を待つ日。
…眼鏡が何か隣でデジャブやーとか言ってるけど私は知らない。

眼鏡はバレンタインデーの翌日、Stealthily Youseeと名を改めたらしい。格好いいじゃないと褒めたら何故か号泣していた。
ちなみにししろはあの後、せっかく忠告してあげたのに結局後輩達に見事に誤解され、銀髪君に婚約を迫られたらしい。
だけどそれはししろの過失であって、チョコを渡した私の責任ではないはず。
だから チョコのお代──樺地君と跡部の隠し撮り写真はきっちりと頂いた。
隠し撮りがバレて跡部に大分ボコられたみたいだけど、それもやっぱりししろの過失だろう。


「な、ホワイトデー楽しみにしとけーて何するつもりやと思う?あのホクロ」
「え?そりゃあホワイトデーだもん。白い日だもん、きっと「何か嫌な予感がするからそこまででええわ。訊いた俺が阿呆やった、ごめんな」
…眼鏡のくせに生意気だわ。今度の新刊にこっそり18禁原稿混ぜてやるんだから。

「あ、樺地君が来たよ」
HRが長引いている跡部の教室前で座り込んでいると、大きな影がのしのしと近付いてきた。
眼鏡…と、一応私にもだろうか、こちらに気付いた樺地君はぺこりと会釈をした。
「お迎えごくろーさん」
「ウス」
へらっと手を振りながら応える眼鏡に頷き、樺地君は私の目の前で立ち止まると鞄の中をまさぐり始めた。
「あの…これ、チョコの…お礼、です」
そして取り出された小さな透明の包みの中には可愛らしいピンクの紙が、更にその隙間からクリーム色や薄茶色の物が見え隠れしている。
「チョコ…美味しかった、です」
ああ…なんていい子なの樺地君…!!思いっきり頭撫でたいけど高くて届かないね!!
「ありがとう。クッキー?」
「ウス。多めに、入れてあるので…忍足先輩、も、良かったら、一緒に」
「俺もええの!?ありがとう!あーもう樺ちゃん愛しとるで!!」

ふと教室の中を覗けば、跡部はこちら──教室の外を見ていた。
目を見張ったまま数秒固まっていたかと思えば、物凄い勢いで挙手し席から立ち上がり、担任に歩み寄り何かを耳打ちし始めた。
すると担任は慌ててクラスに号令を掛け、あれだけ長引いていたHRはあっさりと終了した。
……跡部…HR強制終了させた…?
と言うか、さっきこっち見てなかった…?
深く考える間もなく、跡部は荷物を引っ掴んで教室から飛び出して来た。

「Stealthilyィィィィィィィ!!!」
「え!?何!!?…って、言うとくけど俺は忍足やからな!!Stea、r…thly?…なんて俺は認めへんからな!!」
「てめェ……誰が・誰を・愛してるって…?」
「!!! さっきの…聞いとったん…」
何て地獄耳…!さすがキングね!!
「いやいやいやいや友愛やんか!!先輩から後輩への信頼と親しみですやんか!!」
「うるせぇ!!破滅への輪舞曲ォォォォォ!!!
「ぎゃーーーーーー!!!」
…さようなら眼鏡、今までありがとう。

眼鏡を畳み終えた跡部は、今度は手を合わせ眼鏡を拝む私をぎらりと鋭い眼光で一瞥した。
「アーン?てめえ…それ、何持ってやがる」
「ん、クッキー。樺地君に貰ったの」
ねー、と樺地君に声を掛けると、ウスと小さな頷きが返ってきた。
そして跡部からはただならぬ殺気が発せられる。
「あァ……そうだ。俺様にもチョコレート寄越したな。礼だ、有り難く受け取りやがれ」
いつもより低音ボイスの跡部は、泣く会長も黙りそうな形相(※笑顔)でお洒落な箱を差し出した。
「ありがとう」
なかなか高級そうなその箱を受け取りながら、普段の三割増しの爽やか笑顔を作って応戦する。

暫らく互いに笑顔のまま睨み合っていると、向こうからししろがやって来た。
「お前ら何やってんだよ…周りドン引きしてんぞ…。スティールスリーは死んでるしよ」
「別に?跡部様から直々にバレンタインのお返し頂いたってだけよ」
「ああそうだぜ?」
「笑顔がウソくせーんだよ…。、これ」
そう言いながらししろが袋を投げる。キャッチしてみると、それはスーパーでポテトチップの隣に並べてありそうな袋入りの飴だった。
「チョコの礼な、一応」
「ありがとう」
ラッピングすら無しで丸のまま寄越すとは。色気はないけど、美味しそうだからいいや。

「…チッ、もういい。帰るぞ樺地」
「ウス」
「お、じゃーな」
「ばいばい跡部、樺地君」
「うるせェ!!!」
ししろに続いて挨拶したらキレられた。理不尽だわ。
そして跡部は、廊下に転がりっぱなしの眼鏡を踏み付けて去って行った。

「…じゃ、追うよ!」
踏み付けられて悲鳴と共に意識を取り戻したらしい眼鏡と、近付くんじゃなかったと今頃後悔しているらしいししろと共に、去り行く樺地君と跡部の後を追った。


そっと壁から覗けば、二人は階段を下りて行くところだった。
「…樺地」
「ウス」
「チョコ、美味かったぜ」
「!! ウ、ウス!」
「…で…礼、だが」
そこまで言って、跡部は俯く。自然と足も止まってしまった。
そして暫らく口籠もった後、跡部は意を決したように顔を上げた。
「な、何でもしてやるぜ、俺様が!」

「ほら!!白い日フラグだよ眼鏡!!」
「ちゃ、ちゃうもん!!樺ちゃんのことやから可愛いお願いするはずやし!!」
「お前ら…。…どっちの発言も頭おかしいぜ」

「望みを言え!!」
ボールから出た龍のようなことを言う跡部に、樺地君は困ったように目をきょろきょろさせる。
「あ…あ、の…」
「な、何だ。何でもいいぜ」
「……何、を…言えば…いいのか…」
「!…バカ、それをお前が考えるんだろうがよ!」
「ウ、ウス」

「まー普通そうなるよな…っつーか階段の途中で止まんなっつの。激邪魔」
「樺地君はどんなのが好きなのかなー」
「やめて!やめて!!二人はお花畑で冠作って遊ぶんやで!!小鳥さんと戯れるんやで!!」
「お花畑ってのも斬新でいいわね、小鳥さん達が見てる前で」
「やめてーーー!!!」
眼鏡の絶叫(ボリュームは控えめ)を聞き付けたのか、人の気配に振り向けばそこには会長が立っていた。
「なかなか職員室から抜けられなくてな。今の状況はどうなっている?」
「樺地君へのお礼に跡部がご奉「ちゃいます断じてちゃいます」
「何でもしてやるぜ何がいい、っつってるとこです」
「成程な。そうだ、チョコレートの礼がまだだったな」
「あ、ありがとうございます」
そう言って会長が渡してくれたのは薄くて小さい包み。
中は何だろう、気になるけど今は樺地君の回答を聞くのが先だ。

「…じゃあ、……良かったら、今晩…うちに…」
「!!!」

「ほ、ほら!」
「えええええええ!!?」
樺地君からそんなお誘いが来るなんて…。今夜は赤飯ね!
跡部も自分で仕掛けたくせに真っ赤になっている。

「…うちで、ご飯…一緒に」
「! …………」
「…だ…駄目、ですか」
「い、いや、構わねえ、俺様が直々に食べに行ってやるぜ!」

「…ほら、ちゃうかったやん」
「何言ってるの、これはご飯の後のお泊りフラグじゃない!樺地君の奥ゆかしさの表れよ!」
「いやー…ちゃうやろ。泊まりはあるかもしれんけど」
「跡部もアレだしな。樺地が奥ゆかしいってんなら尚更何もねーだろ」
くっ…眼鏡め、今度売り子任された隙に机の上全部18禁本にすり替えてやるわ…!それからししろ呼び付けて売り子丸投げしてやる!

「ウス!…お迎え、行った方が…いい、ですか?」
「…そうだな、頼む。何時頃来る?」
「じゃあ…七時くらい、に」
「分かった」
樺地君がチョコをあげて、そのお礼に跡部が樺地君のお家でご飯を食べる。
よくよく考えてみればおかしな図だ。
多分何かプレゼントは持って行くんだろうけど。というか跡部がプレゼントだって信じてるけど。

約束を取り付けて満足そうな笑みを浮かべ、跡部はまた歩き出した。
樺地君もそれに続く。
「…そうだ、樺地」
「ウス?」
「玉葱使うか?」
「? …玉葱料理、食べたいですか?」
「いや、使うんだったら手伝ってやろうと思ってな」

「手伝いちゃうやろ!確実に邪魔やん!」
「また玉葱消失するのかしら…」
「え…まさかあいつ、玉葱も剥けねーのか!?激ダサだな…」
「それで全教科得意と言い張るのは良くないが…まあ、不得手は誰にでもあるものだろう」

「…なら、帰り…材料買って、一緒に…作りますか?」
「!! そうだな、それがいい。俺様がとびきり美味い料理を作ってやるぜ!」
「ウス!」

「『樺地君が』よね、どう考えても」
「何作る気なんやろ…」
「Boys, be ambitious、志が高いのは良いことだ」
「自分のランクを弁えるのも大事だと思うけどな…」


またいつの間にか止まってしまっていた足達が動きだす。
校舎を出、校門を抜け、向かう先はスーパー。

「会長も大丈夫ですか?」
「ああ、一通りの仕事は片付けてきた。心配はいらない」
「職務放棄してこんなことやってんのかと思ったぜ…」
「何を言っている宍戸、生徒の悩みや交友関係を把握するのは教師の務めだ」
「はあ…ストーカーも教師の仕事なんすね…」

「樺地、メニューは何にするんだ?」
私達の5メートルほど先を行く跡部が足取りも軽く振り返る。
「……カレー…とか…どうですか」
「カレーか。地味だがまあいいだろう、華麗なカレーにしてやるぜ!」

跡部が駄洒落を覚えた!!?あかん!!忍足侑士不覚!油断しとったわ!!」
「駄洒落で勝っても嬉しくねーだろ」
「というか、その他の面でもすでに負けてるんじゃない?勝ってるのはモサさ具合くらいね。あと眼鏡具合」
「ひどっ!!ちゅーか眼鏡具合って何!?」


跡部は携帯を取り出し、どこかへ電話を掛け始めた。多分家へ連絡を入れているのだろう。
そうこうしているうちに、小ぢんまりとしたスーパーへ辿り着いた。

「にーんじん」「にーんじん」
「たまーねぎ」「たまーねぎ」
「じゃがーいも」「じゃがーいも」
「ぶたーにく」「ぶたーにく」
「おなーべに」「おなーべに」
「いれーたら」「いれーたら」
「「はいできあーがーりー」」
出来てねえよ!!それただの鍋に入った肉と野菜じゃねーか!!!」
「細かいこと気にしたらあかんよししろ」
「そうよ。男なら大らかに生きなさいししろ」
「細かくねぇしししろじゃねぇよ!!」

店内へ入り、樺地君は籠を手に取る。
が、すでに自分の鞄、更に跡部の鞄まで持っているのだからかなり動きづらそうだ。
跡部はそれに気付かず、辺りを見回してはあちこちを指差し樺地君に何か話し掛けている。
スーパーが珍しいのかこのボンボンめ。
「人参だぜ!使うだろ?」
「ウス……でも、そんなには、使い…ません」
いそいそと人参を十本以上抱えて来る跡部に、樺地君は申し訳なさそうに答える。
どう考えても悪いのは跡部なのに。
「そ…そうか。何本いる?」
「そっちの…袋の、三本のやつを…」
「これだな!よし、次は何だ?」
「ウス……あっちに、じゃが芋が」

…こういう時って、まるで新婚さんみたーい☆とか言うところなんだろうけど…何ていうか…
「親子ね」
「親子やな」
「激5歳児だぜ」
「親子の愛は素晴らしいものだ」

「あとは肉だな!…随分沢山あるな。どれがいい」
「その…右上のあたりの、どれか…」
「ここらへんだな……ん、あっちにあるのは何だ?」
「あれは…かにかま…です」
「かにかま肉?聞いたことがねえな」
「ウ…。…買い、ますか?カレーには…使いません、けど」
「そうなのか。…うまいのか?これ。なんか糸みたいだな」
「ウス」
「そうか、じゃあこれも」
「ウス。最後…ルーを」
「大柴か?」
「違い…ます」

跡部がボケまで覚えてきよった…!!しかも樺ちゃんの斬新なローテンションかつ単刀直入なツッコミ!!あかん!」
「…樺地君もある意味ボケだと思うわよ?」

「これか?」
「それは…シチューのルー、です」
「…そう書いてあるな。カレーは…これだな?」
「ウス。…でも、それ…激辛、です」
「激辛か。面白そうだが妹に悪いな。中辛にしとくか」
「ウス…すみません」
「アーン?気にするな」

こんな調子でお菓子も二つ三つ選び、二人はようやくレジへと向かった。
跡部は意気揚々とカードを差し出すも、うちカードは使えないのよーごめんねーとレジのおばちゃんに突き返されてしょぼくれていた。

──帰り道。さすがに跡部も気が付いたのか、自分の鞄は自分で持つことにしたようだ。
「カレーはどう作るんだ?焼くのか?ルーは塗るのか?」
「具を…炒めて、煮て…そこに、ルーを溶かし…ます」
「そうか。料理はよく分からねーな」

「玉葱剥けへん奴がえらいレベルの高い話しとるなあ」
「跡部に任せたらじゃが芋も人参も無くなりそうね…」
「もうルーだけで食えばいいんじゃねーか?」
「何を言う宍戸、ルーだけでは栄養価が偏るだろう。それに精一杯努力するのは良いことだぞ」
「あー…はい…」


夕陽が落ち、先を歩く二人がだんだんと黒い影へと変わって行く。
「…作り方…よく…知らなくても、」
「?」
「……愛情があったら、美味しく…なり、ます」
「!!」
「……たぶん」

ぶら下げたスーパーの袋もシルエットに変わる。
二人の未来はこんな感じだろうか。
今晩の樺地家のカレーに、ちゃんと玉葱が入っていますように。







****************

「なあ、ところで監督から貰ったやつって何やったん?」
「開けてみようか。………あ、SDカード」
「え、何、それは…より一層二人の撮影に励めっちゅーこと?」
「かしらね。…なんかものすっごい柄が入ってるんだけどこれ、特注かな」
「さ…さあな…。跡部のは?」
「包みの雰囲気からしたらお菓子っぽい感じ………、クッキーね」
「ほんま?樺ちゃんとかぶっとるやん。…高そうやなー、一枚もろてええ?」
「いいけど……なんか腑に落ちないのよね」
「ん?何が?」
「…あ、クッキーの中、画鋲入ってる」
「!!!??」
「念のため割ってみて良かったわ。クッキーの方も毒薬とまでは行かないでも、下剤くらい入ってるかもね」
「恐っ!!こっっわ!!!俺関係あらへんのに殺されかけたで!!」
「ということで、このクッキーは君にあげよう」
「いらへんわ!!」
「画鋲拾い出したら使えるじゃない。…私は樺地君のクッキー食べようかな」
「俺にもって言うてたやん、ちょっと分けてや」
「あ、美味しーい!」
「どれどれ………うわ、うまっ!!樺ちゃんプロちゃうの!?」
「凄いなー、そこらのよりずっと美味しい」
「わーーほんま樺ちゃんお嫁に欲しいわぁ…」
ドドドドドドドドド
「?」
「何の音…」
「Stealthilyィィィィィィィ!!!」

「ぎゃああああああああ!!!」
眼鏡は割れた。
















英語を片仮名発音で書くのも逆に難しい…。
カレーの歌はお鍋に入れた後「ぐつぐつにましょう」です。

2008.3.14