「バレンタインやね」
「そうね」
「…前にも一緒にバレンタインしたような気がするんやけど」
「気のせいよ」

廊下に座り込んで休み時間の跡部を観察中。
やっぱり何かデジャブやな。
この前跡部の前でデジャブて言うたらデジャヴュや言われた。
煩いねんこのイギリスかぶれがて言い返したら漆塗りたくられた。めっちゃかぶれた。

「そこでね、眼鏡」
「ん?」
「樺地君にチョコをあげようと思うの」
「…え、」
「いつ渡そうかなぁ」
「ほ、本気なん!?さん!!跡部に消されるで!!」
「そう、跡部の反応を見てそこをつついて崩そうって作戦よ」
「あ、なるほど…。せやけど、つつく間もなく昼ドラ→火サス的展開に…ってこともあるんちゃうの」
「まあ……その時は…」
ふとさんの顔が翳る。
ま…まさか、会のために自分の身をなげうつつもりなんか…!?
あかん!!あかんよ!俺の大事なストーキングパートナー…!!

「…その時は、上手く矛先をあんたに向けて身代わりにするから。よろしくね!」
「あ、はぁ。……ってちょい待ちぃ!!!」
あんまりに爽やかな笑顔で言うもんやから釣られて頷いてもーたやんか!!
「何?」
「そこは『…私が居なくなっても、この会を、夢を…守っていってね…』って瞳に涙がキラリ☆tonightさせるとこやろ!!」
「お前らの夢は随分悪趣味なんだな…」
気が付けば傍に宍戸が居た。いつまでも。

「何や〜、ウォッチングしに来たん?宍戸もやっぱり跡部らのこと気になるんやん」
「バッカ、ちげぇっつの!!お前に用だよ。教科書貸してくれ」
「何の?」
「英語」
「ああ、あるわ。取って来るからそこ居り」
「おう」
跡部は動いとらんみたいやし、さっと取ってさっと戻って来よ。
宍戸、英語苦手やのにそのうえ教科書まで忘れるて勇者やなあ。

ドア付近を塞いで騒ぐクラスの奴らにうんざりしつつ、後ろの入り口から教室へ入って 英語の教科書を抱えて来た道を戻る。
教室をひとつ、ふたつと通り過ぎて行くと、徐々に宍戸とさんが話しとる姿が見えて来た。
……って、あれ!?
「お前何だよこれ!溶けてんじゃねえか!」
「じゃあ飲みなさいよ」
「チョコは飲むもんじゃねーだろ!」
さんが宍戸にチョコ渡しとるーーー!!?

「お、あったか忍足。サンキュ」
「……え?さんって宍戸が好きなん?」
「そんなわけないでしょう」
「そこまできっぱり言い切られるといっそ清々しいぜ」
「ほな、何で、チョコ…」
「義理だけど?」
「…三倍返し契約?」
「ううん。ししろにそんなの期待しないわよ」
「どういう意味だよ!」

何でやろ…さんて友チョコかお返し目当てのチョコしか渡さんってイメージが物凄く…何故か物凄くあるんやけど…
「…なあさん、義理やったら俺にも「樺地君には部活後に渡そうと思ってるから、協力よろしくね」
「あ…はぁ。分かった」
「は?お前、普段散々樺地と跡部の手助けとか言ってるくせに樺地狙ってんのか!?」
「違う違う。義理兼跡部の反応チェックのためよ」
「……まだ裏で樺地狙ってるって方がましだな」
「そんな最低なことしないわよ、失礼な」
「安心しろ、そうでなくても俺は十分お前らの人間性疑ってるぜ」
「お前ら、って眼鏡なんかと一緒にしないでよね!」
「ひどっ!!」





放課後。
引退した俺らはもう用のないテニス部。
せやけどやっぱり馴染みがあるんか、宍戸はたまに顔を出しに行っとるみたいやし、
滝も後輩らへ悪戯仕掛けるためだけに部活が終わるん待っとったりする。

そして、跡部も。
たまには練習見てやるよだの、たまたま用があって帰りが遅くなっただの、
今日は珍しく迎えの車が遅いだの、色んな理由で樺地と帰る時間が一緒になっとる。

──引退してから、毎日。一日たりとも例外なく。

…ここは優しさをもって、偶然ってあるんやなぁと言うといたる。
そんな跡部と樺地の帰り道を狙うため、俺と宍戸は時間を潰しがてらコートで後輩を茶化…いや、指導することにした。
さんは陰から樺地をウォッチングする跡部を更に陰からウォッチング。
…引退からずっとやから、もういつものことやねんけどな。慣れたもんやで。



チャッチャラチャラチャチャチャラチャチャー♪
とラムのラブソングが流れてポケットの中の携帯のランプが光った。
この前、着信音これなんやーてジローに話したら、俺もマジマジラム好きだCー!て言うてくれたんや。
いっつも岳人や宍戸に冷たい目されとっただけにめっちゃ嬉しかった!持つべきものは漫画好きの友人やな!
携帯を開けば新着メール一件。さんからや。
タイトルなし。
本文なし。
冷たい。
添付画像は部室の陰からそっと樺地を見つめる跡部の後ろ姿。
遠くにちゃんと樺地も写っとって、切なさとときめきの混ざったええ写真や。待ち受けにしよ。
コートに入る時は携帯持ち込むなって何度も言ってるでしょう、って日吉が怒鳴っとるけどシカトやシカト。知らん知らーん。
と返信打ちよったら、
「ぶごァ!!!」
頭にボール打ち込まれた。
……なかなか腕上げたやん…日吉…
「…おい忍足、お前今20メートルは飛んだぞ。大丈夫か」
そう気遣う宍戸の目は、やっぱりどこか冷たかった。


次は鳳のネオスカッドですよ、ノーコンも多少は改善されましたからね、とか日吉が言うもんやから、観客席に出てから返信することにした。
「もう一枚、別アングルでお願いします、…と」
送信。
今度の新刊の表紙はこないな感じにしよ。さんゲスト寄稿してくれへんかな。
…いや、でもあの人のことやから18禁にされかねん!
それはあかんそれはあかん。何たって俺んところは清純派ロマンス☆個人サークルやからな。
そうやな…案外ロマンチストやし、宍戸に頼んでみよ。




そして部活が終わり、俺がさんと合流し、宍戸が逃走を図るも監督に捕まり失敗し、樺地が部室から出て来た頃。
跡部はひょっこりと顔を出した。
「ぐ、偶然だな樺地。俺様さっきまで…池の鯉に食い付かれてたんだ
「ウス!?」
「危うく池に引きずり込まれそうになってたところを何とか逃げて来てな。だっ、だから、そんな俺様を気遣って鞄持ちやがれ!」
「ウ、ウス。…大丈夫、ですか?」
「アーン?そ、んなに気にするなら、うちに来て俺様を介抱したって構わないんだぜ!!」
「……? ウス」

「鯉て。恋の間違いやろ」
「何て下手な嘘かしら…。樺地君、あれ信じてるのかな」
「さあな…どうなんやろ」

植木の陰に身を潜め考えていると、監督が、そして引き摺られるようにして宍戸が近付いてきた。
、忍足。私も見物して構わないか」
「勿論です!あ、会長もチョコどうぞ。義理ですよ」
「…わざわざ強調しなくとも分かっている。ありがたく戴こう。……随分溶けているな」
「飲んで下さい」
「なあさん、俺には義理チョ「じゃ、そろそろ行って来まーす。眼鏡、録画よろしく!」
「あ…はぁ。行ってらっしゃい」
「健闘を祈るぞ、

さんはぱたぱたと、樺地、そして跡部の方へ駆けて行く。
「樺地君!」
「ウ
キィィィィィィィィン
樺地が返事しきる間もなく、跡部は物凄い形相でさんを睨み付けた。
ものっそい怖いけど、さんはたじろがん。
「あのね、これを…」
「…おいメス猫。っつったか、お前。樺地に何の用だ」
「跡部には関係ないでしょ。はい、樺地君、これ」
「ウ、ウス」
ピィッキィィィィィィィィィン
さんがチョコ(やっぱりこれも溶けとる)を差し出した途端、跡部はあの技を発動した。

「こ、氷の世界!!?」
「あれ、でも氷柱立ってねーぞ?」
さん…無敵…!?」
「いや、二人ともよく見てみろ。氷柱は跡部と樺地に出来ているぞ」
「ほ、ほんまや!!」
「あいつらが弱点ってことかよ…激ダサだな」

「樺地君、貰ってくれるよね?答えは聞いてない」
「ウス、…ありがとうご
ピキャァァァァァァァァァン
今度はインサイト。
目が、めっちゃ、怖い。
さん無理せんといて…!ほんまに殺されてまう!!

「メス猫。樺地に物を渡す時は俺様を通してからにしやがれ。
樺地、てめぇもメス猫からのチョコなんざほいほい受け取ってんじゃねぇ!!!」
「……ウ…」
「…どうした樺地、返事しろ」
「……。せっかく…、戴いた、物を…、断るのは…」
「!!!」
まさかの樺地口答え!!
見開かれた跡部の目(インサイト中)はショックのあまりかじんわり潤んできた。

「か…樺地…てめぇ…!!」
「……だから、その……、……。」
俯く樺地、震える跡部。
静寂をぶち壊すさん。
「…ねえ跡部。何で樺地君にチョコあげるの阻止しようとするの?
もしかして樺地君のこと好「アァァァァァァン!!!!??」
真っ赤な跡部の叫びが谺になって響きわたる。
「んっっっなわけあるかよ!!メス猫!!バカ猫!!!バーカバーカ!!!!」
バカ猫て、もはやただの飼い猫卑下する言葉やん。
茹で蛸跡部に勢い任せに頭ばしばし叩かれて、さん笑いながらもちょっとお怒り気味やな。

「大丈夫、義理だから安心しなさい」
「な、義理?…あ、安心ってどういう…!!バカ!!」
「跡部にもあるよ。はい」
「なっ、何だこの溶け切ったチョコは!!」
「飲めば問題ないわ。…ちなみに、樺地君にもチョコあげたらどうだって提案をしたのは忍足です」
そぉい!!!
ちゅーか普段眼鏡眼鏡言うとるくせに何でこんな時だけ名前で呼ぶねん!!

「…忍足の野郎…!!覚えてやがれ、明日になったらお前の苗字はStealthilyだぜ!!」
「良かったな忍足。格好いいじゃねーか」
「その感情のない慰めやめてや!ししろ!!」
「ししろって言うな」

「跡部は樺地君にチョコあげな「アァァァァァァン!!?バッッカ!!バカバーカ!!!」
バカしか言えんようになってしもうた跡部に、さんは微笑み掛ける。
「二人とも、いつも楽しませてくれてありがとうってことで。あ、勿論お返し貰えるなら喜んで戴きますが」
さんは(後半は主に跡部に向かって)そう言うと、じゃあねと手を振って跡部と樺地から離れた。


「あー怖かった!」
「めっちゃ笑顔やん。ほんまに怖い目に遭うんは明日の俺やん」
無事植木陰へ帰還したさんは俺の手からビデオカメラを奪い、それが録画中であることを確認して頷く。
「…なあ、跡部に義理があるんやったら俺にも「さ!帰り道もウォッチングするわよ!」
「あ…はぁ。行こか」
「もしかして…俺もか?」
「当然やん」
「当然よ」
「当然だ。今日は特別な日だからな、私も同行しよう」



「……袋から溢れてんじゃねーかよ…何だこのチョコは」
跡部はさんのチョコをしげしげと眺め、訝しげに呟く。
「ウス。でも…香りは、いい、です」
「………」
あからさまにムッとした表情になる跡部。
せやけど、樺地は気付かんと自分の鞄に溶けチョコをしまっている。
…が、その手はなかなか鞄から出て来ーへん。
「? 何やってる、樺地」
それに気付いた跡部が振り返ると、
その目の前には──樺地の大きな手に乗った、ちんまりとした包み。

「か、樺地君!!」
「義理なんか!?本命なんか!!?」
「樺地のことだから手作りなんだろうな…激食いてー」

「…良かったら…貰って、下さい…」
「…………」
「…迷惑…ですか?」
「!! な!そっ、そ、そんなわけねぇだろうがよ!!!」
「ウ、ウス。ありがとう…ござい、ます」
樺地もほんのり頬染めて、ぺこんと頭を下げた。
さんはビデオカメラを構えたまま、もう片手で携帯カメラのシャッターを切りまくる。
宍戸はドン引きしとる。
「…ありがとな」
「ウス。…迷惑かな、って…受け取って、もらえないかなって…思っていた、ので」
「?」
「作って…好きな人に、渡す人、の…気持ちが、少し、分かったから…さっきも、断ったり…出来なくて」
「!!!」
跡部はその場に倒れ伏した。
「あ、跡部、さん!?」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
「大丈夫…ですか?」
「…ああ」
跡部、心の甘味過剰摂取により鼻から流血。
帝王台無しや。
「鯉に食い付かれた、時の、疲れが…?」
「アーン!!?恋!!?…っじゃねえな、鯉だな鯉。あ…ああそうだ。か、介抱しに来るがいいぜ!!」

「あ、あれ信じとったんやな、樺ちゃん」
「そうね…。よし、今月は待ち受けこれにするわ。後で鯉の画像も合成しておこう」
携帯を眺め、さんは満足気に口端を上げる。
、私にも送ってもらえるか」
「あ、俺も」
「了解。ししろもいる?」
「激!いらねえ」


「ホワイトデー楽しみにしてやがれ!いいな樺地!」
「ウ、ウスッ!!」
仲良く並んだ背中が夕日に揺れる。
その後ろに伸びる影がそっとひとつになっとることに、多分二人は気付いとらん。
そして 樺地からのチョコの名目をまだ訊いてないことにも、跡部は気付いとらんみたいや。







****************

「…あ、やっべ。今日あいつの誕生日だった!」
「誰?」
「後輩の…。あー何も買ってねぇ!!まだ部室に居ると思うんだけどな…」
「じゃあこれあげなよ」
さんはチョコを差し出す。やっぱり溶けとる。
「お、いいのか?貰ったやつ昼食った…っつーか飲んだけどよ、味は良かったぜ」
「でしょ。でも これそのままプレゼントにするのは失礼だし、貸しってことにしとくわ。
変な誤解招かないようにだけ気を付けて渡してらっしゃい」
「分かった、サンキュ!」
宍戸は手を上げて応え、部室へと向かって行った。

…なあさん。俺に…義理ないん?明日Stealthily侑士にされてまう俺に義理ないん?友情もないん?
堅く結んだ会員No.1と2の絆はそんな…
「…あ、ごめん眼鏡。チョコあげるの忘れてたね」
「え、あるん!?俺の分!」
「さっきししろに渡したやつで最後だったわ」
そぉい!!!
















ラム違いですよ、忍足君。

2008.2.14