その帰り道。
と忍足は 跡部が家へ入って行くのを見届け、薄暗い帰り道を歩いていた。
「良かったねー」
「な!この目でラブロマ目撃したで!」
「でもあの高笑いは近所迷惑だと思うんだけど…」
「ああ、せやなあ…あんなん知らん人が見たら明らかに不審者やん」
「見た目は良いぶん落差が激しいっていうか……あ」
が何気なく手を入れたポケットから、がさりと音が鳴る。
「どないしたん?」
「チョコ。友チョコ作って来たんだけど、一個余っちゃったんだよね」
「作った…て、昨日帰ってから?」
「うん。跡部に貰ったチョコ使って」
「はァ、ようやるなあ…俺疲れ果ててすぐ寝たわ」
「あはは」
「…んで、誰かあげる人おるん?それ」
「いや…、…自分用に作ったのは取ってあるし…どうしよっかな」
「あのー、せやったら」
「あ!そうだ榊先生にあげよう!明日なら別にバレンタイン関係ないし、お世話になってるのは確かだし」
「…さいですか…」
その夕方。
お兄ちゃん、貰ったの?という驚きとも喜びともつかない妹の声に、たどたどしく義理だとだけ答えて樺地は自室へ戻った。
きらきら光る金色の袋。
綺麗に結ばれたリボンをほどいて、そっとそれを開けてみた。
途端、チョコレートの甘い香りが鼻をかすめる。
中に入っていたのは袋に比べるとややおとなしいデザインの箱。
ラッピングの感じから見て、手作りだろうか?
いや、でも、あの人が、誰かのためにチョコレートを作るなんて─…
……それに、本人には悪いけれど…正直、作ることが出来るのかという疑問も残る。
色々な思いを交差させながらも、ゆっくりと箱の蓋を開けた。
「?」
しかし。
中に入っていたそれらは、頭に思い描いていたものとは全く違った姿形をしていた。
なんだか異常にキラキラしている。
ひとつ摘みあげ、そっと鼻を近付けてみるが その匂いはやはりチョコレートで。
キラキラと光る表面も、よくよく見ればアラザンだったり、金箔だったりと食べられるものではあるらしい。
恐る恐る、そのキラキラした塊を口に入れてみた。
口を動かすたびに、ざく、ざく、とチョコレート以外のもの達による音が聞こえる。
少し食べ辛くはあったが、暫らく口内で噛み、溶かしてゆくと味はかなり良く。
本当にこれを、あの人が作ったのだろうかと首を傾げた。
そうならば、きっと、物凄く頑張って作業をしたに違いない。
その姿を想像し、自然と頬が弛んだ。
そこでふと、未だ自分がコートさえ脱いでいなかったことに気付いて苦笑する。
──明日、また改めてお礼を言わなければ。
ホワイトデーには、何を返そうか。
その晩。
「おい、花言葉の本はあるか?」
「花言葉…ですか。探して参ります」
跡部はふと昨日のの言葉を思い出し、執事に言い付けた。
昨日の晩は落ち着かず、それどころではなかったのだ。
…まあ、今晩もとても落ち着いているとは言えないのだが、今日の落ち着きのなさは昨晩とは違い温かなものであった。
「お持ち致しました、こちらで宜しいでしょうか?」
「ああ。ご苦労」
暫らくして運ばれてきた数冊の本達をぱらぱらと捲る。
「確か、紫すみれと赤薔薇とか言ってたか…」
目次からすみれと薔薇を引き、それぞれのページ数を確認する。
まずは手際良くすみれのページを開き、紙面に目を滑らせた。
「!!?」
するとの予想通り、跡部は真っ赤になってバランスを崩してしまい、後ろ手で体を支えることとなったのであった。
その震える指先で薔薇のページも捲り、すみれと同じ言葉が並んでいることを確認する。
「なるほどな…何気なく選んだ花だったが、真実の想いは自然と表れるってわけね!」
その日二度目の高笑いに、跡部邸のお手伝いさん達はただただ小首を傾げるばかりだったという。
2007.2.15