「なあ、もうすぐバレンタインやけど…さん誰かにあげるん?」
廊下に座り込んで休み時間の跡部を観察中、隣の丸眼鏡が口を開いた。
「さあ…特には。友チョコくらいは買うかもしれないけど」
「さよか…」
友チョコ、と言いながら友人の顔を一通り思い浮べたところでふとあることを考えた。
「…そういえば、あの人は渡さないのかな」
「あの人て?」
返事代わりに指差した先は―――
「アーン?チョコがどうかしたのか」
跡部の教室に駆け込んだ私たちは、すぐさま席についていた跡部を囲み問い掛けた。
…ていうか、私たちを見るなり嫌な顔するのやめてもらえませんか跡部さん。
クラスの人達の視線も集まってるけど、今はそんなこと気にしていられない。
「せやから、あげへんの?跡部は」
「何で俺様が誰かにやらなきゃならねぇんだよ」
まあ、もっともな返事よね。
そう頷きながらも笑顔で爆弾を投下してみる。
「樺地くんに。あげないの?」
「!!??」
訊ねた途端、跡部の端正なお顔はブオッと一気に赤くなった。
何度やってもこうなっちゃうんだから面白い。
「ばばばばばばーか!!俺様は男だ!!!ばーかばーか!!」
「ほら、日本では女子が男子にあげるけど、外国では逆だっていうでしょ。
だったら男同士の友チョコもありなんじゃない?」
「せや。日頃の感謝の気持ちを表す機会やで!」
「ジャンプの中野さんも言ってたよ!!」
一応フォローしてあげると幾分落ち着いたのか、跡部は「な…なるほど」と小さく頷いた。
「まああいつにはいつも世話になってるしな。俺様御用達の一流のパティシエを呼んで作らせ「あかん!!」
突然叫んだ丸眼鏡はカッと目を見開き、わなわなと震えている。
そう、そうなの。パティシエさん呼ぶんじゃ駄目なんだよ、跡部!
「ヴァレンタインのチョコレートはな!例え義理でも友宛てでも、手作りやないとあかんねん!!
想いを込め愛にリボンをかけて、ドキドキしながら渡すねん!幸せな甘い甘いときめきヴァレンタインなんやで!!」
「うざっ」
「ひどっ!」
おっといけない、鼻息荒く語る丸眼鏡についつい本音が漏れてしまった。
「いや、うん。そうだよ跡部、手作りのほうが感謝が伝わると思うよ」
「…そうか…」
跡部はそう言うと口元に手を当て、暫し考え込んでしまう。
「良かったら、作るの手伝うけど。チョコなんて作るの初めてだろうし」
作るったって溶かして固めるだけだけど、何しろこいつは玉葱を剥いて無くしてしまうほどの料理音痴。
一人で作らせたら当日の樺地くんの胃がもたない。
「そうやで、この愛のパティシエ・忍足☆侑士先生に任せとき!」
「そうそう、この器用貧乏・シノビアシ先生に」
「ひどっ!!」
畳み掛けてみたけど、跡部は未だ黙りこくったままだ。
よし、もう一押し!
「初めてでも跡部なら大丈夫だって!…樺地くん、喜んでくれると思うよ?」
そう声を掛けた途端、跡部の肩がピクリと動いた。
「……フ、まあな!俺様の辞書に不可能の文字はねぇぜ!!」
「よっしゃ、決まりやな!」
そうして迎えた13日。
夕方、いつものように樺地くんとラブラブ下校をした跡部、そしてそれを暖かく見守った私と丸眼鏡は跡部邸に居た。
「…無駄に広いねぇ…」
「ほんまやなあ」
「アン?別に普通だろ」
「うるさいこの金持ち」
「そうや黙れ金持ち」
三人で典型的とも言える派手な豪邸の中を歩き、着いた先はキッチン…というか厨房。
だだっ広い調理台の上にはわざわざ取り寄せたという超高級チョコレートや生クリームや粉砂糖、料理器具なんかがずらっと並んでいた。
「うわ、チョコ美味そうやなぁ」
「ほんと、このまま食べたいわ…」
「アン?別に普通だろ」
「うるさいこの金持ち」
「そうや黙れ金持ち」
…ところで、この材料と器具はお手伝いさんが用意してくれたんだろうけど…
どう言って頼んだんだ、跡部は…!
お仕えする家のお年頃のお坊っちゃんがバレンタイン前日にチョコレート作りなんて…
いや、跡部って分かりやすいし、とっくにバレバレなのかもしれないけど。
「じゃ、早速だけど作ろうか」
そう言いながら、鞄から本を取り出す。
『かんたん・おいしい! バレンタインチョコレート』
明らかに隣に並ぶチョコと不釣り合いなタイトルだけど、作る人のレベルを考えたらこんなもんだろう。
「どれにする?」
どれと言っても、タイトル通りそんなに難しいものは載っていない。
二人で補助すればきっと何とかなる…と、思う。たぶん。
「あー、これでええんちゃうの?溶かして冷やすだけやん」
そう言って丸眼鏡が指差したのは超初級とも言える簡単なチョコレート。
シンプルだけどなかなか美味しそうな写真が載っている。
「えーと、チョコにバター混ぜて溶かして、冷やすだけ?これくらいなら出来るかな」
「アーン?それだけで食えるものになるのか?」
「アホ!食うだけならすでに食えるっちゅーねん!製菓用チョコやけど!」
…幸先不安です。
「あーじゃあ、とりあえず跡部、鍋取って」
「アン?これか?」
「それ鍋ちゃう!フライパンや!!」
「…まあ、丼取らなかっただけましでしょ…」
…しつこいようですが、幸先不安です。
「跡部、包丁持ったことある?」
「あるぜ。家庭科の実習で何回かな」
あ、そっか。一応家庭科はやってるんだ。
と、その返答にほっとしたのも束の間、
「持った途端、血相変えたクラスの奴らに取り上げられちまったがな。
俺様が怪我しちゃいけねぇとでも思ったんだろう、なかなか物の分かる奴らだぜ」
えー……!どんな持ち方したんだ、それ!!
危うく怪我するところだったのは跡部じゃなくてクラスの人たちだったとしか思えない…。
隣の丸眼鏡も口を開けたまま固まっている。
跡部に包丁を持たせたら私達の身が危ない。
「え、と…じゃ、包丁はやめて、袋の上から麺棒でチョコ叩いてくれる?」
「アン?こんなもんでチョコを叩いてどうするんだ?まじないか?」
「跡部、それ麺棒やなくて綿棒や!!っちゅうかそれ、どっから出てきたんや!芸人かお前!」
……………。
…よし、跡部は丸眼鏡に任せて、私はお湯でも沸かしておこう。
「麺棒はこれや、その木の棒」
「これで叩いてチョコレートを割るのか?」
「そや。細かくしたほうが溶けやすくなるからな」
「そうか、よし……破滅への輪舞曲ォォオ!!!」
ガッシャアァァァアアン
「キャアアアアアア!!」
派手な音と共に丸眼鏡の悲鳴(低音)があがった。
「そ、そないに力入れんでええから!技名一切関係ないしな!」
「アァ?なら先にそう言え」
「横暴や…横暴やでこの子!さん助けて…!」
「…ふふ、頑張ってね」
「冷たっ!」
君子危うきに近寄らず…ってね。
まあ一緒にチョコ作ってる時点で虎穴ど真ん中なんですけど。
まだ時折聞こえてくる丸眼鏡の奇声は無視して、お湯が沸くまでレシピにしっかり目を通しておく。
つやを無くさないように溶かすのがポイントらしい。
他には特に難しいところは無さそうだし、固まりきる前に軽くトッピングしたら見栄えも良いかも…
などと考えていると、疲れ切った丸眼鏡の声が聞こえてきた。
「だ、大体割れたでー……」
「お疲れ、こっちももうすぐ沸くよ」
丸眼鏡の手にある袋はボロボロで、見るも無惨な姿。
開いた穴からは細かくなったチョコが直に見え隠れしている。
気合い入ってるね、跡部!
「もうええんちゃう?」
「そうだね」
ぐつぐつと煮立つお湯を火から下ろし、調理台の鍋置きの上へ置く。
「ニンソク、ボウル取っ……って跡部何やってんの!!!」
「アン?この湯の中にチョコを入れて溶かすんだろ?」
「違うっ!」
慌てて跡部の手からチョコを取り上げ阻止する。
あ、危ない危ない…危うくサラッサラチョコレートドリンクになってしまうところだった。
「そうじゃなくて…。この上にボウルを乗せて、その中でチョコを溶かすの」
「アーン?ボール?これでいいのか?」
「それテニスボールや!!真顔で湯に入れるな!…ってあっつ!!!」
丸眼鏡はお湯に放り込まれたテニスボールを取ろうと 反射的に熱湯に手を突っ込んでしまい、右手を押さえてのたうち回っている。
馬鹿…いや、可哀相だけど、お湯が冷めちゃいけないから 無視して先に進むことにしよう。
「えっと、ボウルはそこの透明のやつ」
「これか?」
「そうそう、それそれ」
ボウルを受け取り、きちんと安定するように気を付けながら鍋に乗せる。
「この中にチョコを入れるんだよ。はい」
と言って、先程取り上げたチョコを跡部に手渡した。
…いつも偉そうな跡部が黙って作業する様は何だか可愛らしい。
写真撮ったら高く売れそうだなあと思いつつも、樺地くんのために頑張る跡部の姿を売り捌くことは出来ないなと思い直す。
「…樺地くん、喜んでくれるといいね」
ガッシャ──ン!!!
「ななななんだ!樺地が喜んだからって俺様は別に」
「ああ、ごめんごめん」
うっかりしていた、ツンデレ跡部にこういうことは禁句だった。
とりあえずチョコが無事だったのが幸い…跡部はひっくり返って頭を打ったようだけど。
部長会長の尊厳まるで無しだ。
「美味しいの作らなきゃね」
「ま、まあな」
調理台の上の食材、調理具の山からバターと竹串を見つけ出したところで、ずっと手を冷やしていた丸眼鏡が復活した。
「あ、シノビアシ、バター切って。60グラム」
「ちょっ、怪我人もうちょっといたわってや…!」
…そう言いつつも素直に従うあたり、丸眼鏡はいい奴だと思う。
「跡部、これでチョコを混ぜてね。スプーンなんかで乱暴に混ぜるとつやが無くなっちゃうんだって」
周りが溶けてきたチョコレートをしげしげと眺める跡部に竹串を二本渡す。
「なるほどな。…氷の世界…ほうら凍れ!」
「凍らせたらあかーん!!!」
「見えるぜ…ここがまだ溶けてねぇな、ほらよ!」
「たった今乱暴に混ぜるなって言ったでしょうが!!」
ガガガガガと物凄い勢いで掻き混ぜチョコを飛び散らせる跡部を 眼鏡と二人で取り押さえる。
こんなに細い竹串でここまで混ぜられるっていうのは、ある意味器用なのかもしれない…。
「もっとゆっくり!」
「ひと混ぜひと混ぜ愛を込めて!」
「な、ああ愛だと!?おお俺様はかかか樺地に愛なんざこれっぽっちも」
「はいはいはい友愛でいいから」
まだツンデレる跡部を宥め、丸眼鏡がきっちり量ったバターをチョコに放り込む。
「ゆっくりやで」
「ゆっくりだよ」
「ったくうるせぇな、分かったよ…」
大人しくぐるぐるとチョコレートを掻き混ぜる跡部。
お料理とキング…何とも不釣り合いな取り合わせだ。
せっかくだからピンクのエプロンでもつけさせれば良かったかな。きっとすごくキモかわいいと思うんだけど。
「ニンタリ、アルミケース持ってきて」
「…もう完全にパシリ扱いやんな、俺…」
…そう言いつつやっぱり素直に従うあたり、丸眼鏡はいい奴だと思う。
さっきまでどたばたしてそれどころじゃなかったけど、辺りには甘い匂いが広がっている。
「もういいかな?」
「ほなこれに入れていって」
インサイトを駆使しつつチョコを混ぜる跡部に、アルミケースとおたまを差し出す。
「これに入れるんだな」
「うん」
そう言って跡部は溶けたチョコレートをおたまですくい(似合わないことこの上ない)、アルミケースの上へと運んで行く。
「頑張り、跡部!樺ちゃんの笑顔まであと一息やで!!」
グシャアッ
「なっななななにが笑顔だ!!あいつが笑ったからってなにが」
「ああもうシノビアシの馬鹿!!」
「うあ、すまん…」
慎重に移動していたおたまが跡部の動揺で揺れて、アルミケースの縁を直撃してしまった。
その周りには無惨にもなめらかなチョコが溢れてしまっている。
「あーあー…」
「勿体ない…!」
我に返った跡部もやっちまった、というような苦い顔をしている。
「しょうがないよ、気を取り直して次いこう」
「あ、ああ…」
「慎重にな!」
「あんたは黙ってなさい」
「はいすんません」
失敗してしまったひとつめはとりあえず置いておいて、ふたつめのアルミケースを取り出す。
「頑張って!」
騒ぎ立てたい気持ちをぐっと堪えて、跡部の手元に視線を注いだ。
本当、無駄に綺麗な手だ。
男のくせに…というか、スポーツマンのくせに。
そんな日に焼けてなお白い手は、プルプルと震えながらおたまを傾けチョコレートを流しだした。
甘い香りの液体はやがてケースの半分を越え、七分目へ届こうとする。
「跡部、そのくらいでいいよ」
「そうか」
そう言って跡部がぱっとおたまを上げれば、そこには本の写真にも見劣りしないつややかな手作りチョコレートがあった。
「ようやったやん、跡部!」
「さすがだね!」
「フ、当然だろ」
…いや、チョコ注いだだけなんですけどね。
跡部はおだてると調子が出るタイプみたいだから、今のうちにめいっぱいおだてておこう。
「その調子で次いってみよう」
「ああ」
初の成功作は零さないよう気を付けながら、バットへと乗せる。
これだけ頑張ったんだ、きっと格別に美味しいに違いない。
でもそれを味わえるのは樺地くんだけなわけで…。
「ロマンスゲットォ!!」
「はいはい黙れ」
「すんません」
その後は順調に作業が進み、バットの上には綺麗なチョコレート達が並べられた。
「なあ、トッピングとかせーへんの?」
「どうしよう、やってみる?跡部」
「そうだな。これじゃ地味すぎる」
──そう、ここでつい気が緩んでしまったのだ。
跡部の美的センスの突飛さその他諸々を、忘れたまま。
「粉砂糖とココアパウダー、アラザンとカラースプレーに…アーモンドとすみれ。いっぱいあるね」
「よりどりみーどーりー♪」
「歌うな」
「すんません」
ずらりと並んだカラフルなトッピングたち。
なんだか見ているだけで楽しくなってくる。
本当はもっとたくさんあったんだけど、あんまり凝った既製品を使うと手作りの意味が無くなっちゃうから我慢だ。
「どれにする?」
「…じゃあ、これにするぜ」
そう言って跡部が取ったのはすみれの砂糖漬け。
紫は高貴な色って言うし、根っからのキングは無意識に選んでしまうのかもしれない。
「ちなみに跡部、紫すみれの花言葉はご存じで?」
「? いや、知らねえが…」
「そっか。じゃあ後で調べてみてね」
…調べたらきっと、跡部はまた真っ赤になってひっくり返ってしまうに違いない。
「ロマンスゲットォ!!」
「はいはい黙れ」
「すんません」
跡部はというと、すみれを持ったままインサイトを使い ああでもないこうでもないと呟いている。
指の熱で砂糖が溶けてきているが、本人は気付いていないようだ。
「…よし、ここだ!!」
長い指がチョコレートにビシィと食い込む。
「あ!!」
「そっと乗せなさいよ!そっと!!」
「あー…でもまあ、このくらいなら何とかなるんちゃう」
まだほとんど固まっていなかったのが不幸中の幸いか、へこんだ部分はすぐに周りのチョコレートによって平らに均されていった。
「跡部…気合い入ってるのは分かるけど、つつく位の感じでいいからね」
「あ、ああ……クソ、俺様としたことが」
落ち込む…というよりは苛立っているのか、跡部は眉間を押さえて俯いてしまった。
頑張れ跡部、苦難の先には感動のゴールが待ってるよ!
何だか今までにないほどの応援の気持ちでいっぱいだ。
公式試合の時でさえ、ここまで跡部コールをしたくなったことは無かったのに。
「勝者は跡部!敗者は……誰やろ?」
「知らないわよ。…ニンソクでいいんじゃない?」
「ひどっ」
そう文句を言いつつも、丸眼鏡は「勝者は跡部!敗者は侑士!」と叫び、
跡部に「うるせぇ!気が散るだろうが!」と怒られてしょんぼりと膝を抱えていた。
十数分後。
「あ、あのさ跡部…もういいんじゃない?」
「うわ…」
先程までチョコレートだったそれは、なんかキラキラした塊と化していた。
「金箔使うなや…!」
「女子高生のデコ携帯といい勝負な品のなさだわ…」
これを見てすぐにチョコレートだと分かる人間が一体何人居るだろうか。
まあ全部食べられるものだし、害は無い…はずなんだけれど。
「薔薇の花びらとか…漬けてないやん。食えるん?これ」
…前言撤回。
でもまあ、花びらくらいなら大丈夫かな…
あとで跡部に赤薔薇の花言葉も調べるように言っておこう。
「アァン?てめぇら愚民にはこの芸術性が分からないのか」
「あー、うん…ていうかむしろ愚民で居たいと思う」
「まあまあ、見た目はええ…ことにして。せやけどあんまり色々乗せたらせっかく頑張ったチョコが負けてしまうわ」
「……一理あるな」
いや、一理っていうかそこが一番重要だからね!
そう思いつつももうツッコむ気力が無くなってきた。
「うん、だから残りはもうちょっとシンプルにいこうよ。もう大分固まってきちゃったし」
「ああ」
──そう言って頷いた跡部だったが、その後も狭い面積に最低三種のトッピングを使った派手な飾り付けが続いた。
「…よし、このくらいにしておくか」
「完成?」
「ああ」
「やっとや…」
ふう、と息をつく丸眼鏡。完全に最終段階を忘れているようだ。
そんなところ悪いが、あえて嫌なことを思い出させてやる。
「でもラッピングしなくちゃ」
「あ」
その途端、丸眼鏡は情けない声をあげてがくりと膝をついてしまった。
気持ちは分かる、とてもよく分かるけれど…
「もう一踏ん張り!頑張れ跡部!」
樺地くんのためだもの、今後の二人のためだもの!
もう一踏ん張り!頑張れ跡部、というか私!
「…っと、その前に。ひとつ味見しておきなよ」
「そうだな。…じゃあ、これにしとくか」
そう呟くと、跡部はキラキラした塊の中から(この中では)一番地味なものを摘む。
「…何つーか…自分で作ると食うのが惜しいってのが何となく分かったぜ」
「でしょう?」
跡部にそれを分からせることが出来ただけでも、このチョコ作りには意義があったと思うよ…。
そしてそのキラキラした塊は、跡部の口の中へと放り込まれた。
「お味は?」
「…まあ、悪かねぇな」
口の肥えた跡部がそう言うんだから、なかなかの味だろう。
ああ、一口食べたいなあ…という台詞は飲み込む。
「良かった、じゃあラッピングしよう。
箱に入れて、その箱を袋に入れたら簡単で綺麗に出来ると思うよ」
「なるほどな…よし、この箱にするぜ」
「でかっ!!しかもなんか光ってる!
駄目だよ、もっと小さい箱じゃないとチョコが中で転がっちゃうから。…ほら、これとかどう?」
「アーン?少し地味だが…まあいいか」
「先にこれを入れてね。チョコが倒れないように」
そう言ってペーパーパッキンを手渡す。
「この上にチョコレートを入れればいいんだな」
跡部はふさふさした紙となんかキラキラした塊たちを浅い箱に入れていく。
端からじゃなく、真ん中から詰めていくのが何とも跡部らしい。
「こんなもんか?」
「完璧!さっすが跡部!」
「当たり前だろ」
拍手と共に称賛を送ると、跡部はフッと笑って髪を掻き上げた。
おだてられていることには全く気付いていないようだ。
「ていうかいつまで蹲ってるのよ、シノビアシ」
「痛っ痛たたたたすんませんすんません!!眼鏡やめて!ボディでお願いします!!」
「で、蓋をすりゃいいのか?」
「うん、そうそう」
「袋は…これにするか」
「うわっなんかビラビラしてる!それに何でそんな光ってるの…!?」
というか、これを用意してしまうお手伝いさんの神経も疑ってしまう。
跡部の好みを熟知していると言えばそうなんだろうけれど…
「…まあ大きさは丁度いいし、それでいいか…」
「よし!箱は入ったぜ。あとはどうするんだ?」
「口んとこリボンで結んだらええんやない?」
復活した丸眼鏡(割れてる)が可愛らしいリボンを手に持って比べながらアドバイスする。
「そうだね」
「なるほどな。なら…これにするぜ」
そう言って跡部が取ったのは、黒に金で刺繍が入った格好いいリボン。
跡部にしては良いセンスだろう。
…金ピカでヒラヒラした袋に合わせるのはどうかと思うけどね!
「跡部、蝶々結び出来るん〜?」
「馬鹿にしてんのかテメェ」
「痛っ、すんません!…って跡部、それ蝶々結びちゃう!!」
「ダブル蝶々結び!!?何その無駄な知識!!」
跡部…底の見えない男だ…。
結び目も綺麗だし、リボンに関しては完璧だろう。
「あ、カードがあるよ。つけないの?」
「カード…?…な、ななな何を書けって、」
「いや、別に…樺地へ、跡部より、とか」
「まあこんな小さいカードやったらメッセージも書かれへんわな」
「そ、そうか」
ご丁寧にペンまで置いてある…。凄いなお手伝いさん。
跡部はそのペンを手に取ると、震える手で『Dear.Kabaji From.Atobe』と書いていった(無論筆記体だ)。
ToじゃなくてDearなあたりに愛が溢れてるね!
そのカードを袋に貼って、
「…今度こそ完成、やな!」
「お疲れさま、跡部!」
「ああ、ありがとよ」
金ピカの袋を抱える跡部は満足そうに微笑む。
けれど最終難関は当日、明日だ。
頑張れ跡部!と今日何度目か分からないエールを送った。
「あーせやけど、後片付けせなな」
「アン?執事にやらせるから気にするな」
「この坊っちゃんめ…」
「いや、いくつか洗うだけだし私がやっとくよ。その代わり」
「アン?」
「このチョコちょうだい」
そう言って製菓用チョコ500グラムを差し出す。
こんないいチョコ 自費じゃ買えないし、この機会にかっぱらっておかないとね!
「何だ、その程度か。いいぜ、持って帰れ。袋やリボンも気に入ったのがあったらやるよ」
「やった!ありがとう!」
やっぱり金持ちは気前がいいなあ…
と、思わぬ収穫にほくほくしながら後片付けをし、その日は帰路についた。
──翌日、放課後。
と忍足は二人の帰りを待ち伏せていた。
「ほんと、毎年毎年すごいよねー跡部」
「ほんまや…。お陰で昼休みのラブランチ見れへんかったし」
今日は登校時、休み時間と跡部にチョコを渡しに来る女生徒が後を絶たず、樺地と跡部が二人きりになる場面が無かったのだ。
ならば、渡すのは帰り道しかない。
「あ、出て来たで」
校舎から並んで出てきた陰を目で追う。
大量のチョコレートを貰った跡部だったが、それらは先程全てトラックに積まれて行った。
よって、跡部の荷物は普段と何ら変わりない量なのである。──見た目には。
その鞄の中に、ひとつだけ特別なチョコが入っているなどとは誰も思わないであろう。
…隣を歩く樺地でさえも。
歩いて行く二人を追跡するが、跡部は時折きょろきょろと辺りを見回すばかりで 鞄からチョコを出そうとはしない。
「まだ渡さへんのかいな」
「跡部、あんまりもたもたしてたら家に着いちゃうよ…」
頑張れ頑張れ、とと忍足は心の中で唱えるが、いつもより口数の少ない跡部はつい足早になってしまう。
…そして、数十分後。
「あーもう、着いちゃったじゃない!」
「跡部の阿呆!!」
二人はとうとう跡部邸の前まで来てしまったのだ。
「…では、また、明日」
そう言うと、樺地はぺこりと頭を下げて背を向けてしまった。
「……樺地!」
跡部は慌てて呼び止めるが、その後の言葉が続かない。
跡部のほうに向き直った樺地は首を傾げ、薄らと冷や汗をかいた跡部の顔を見る。
ここ数日…特に今日はどうも跡部の様子がおかしいと思っていたが、ただ女子にバレンタインプレゼントに何が欲しいか訊ねられたり、
今日は次から次にチョコレートを渡されて疲れているだけだと樺地は思っていた。
けれどどうも、目の前で泳ぐ瞳はそれとは違うらしい。
思えば今日、鞄を持とうとしたら断られたのも不思議だったのだ。
「頑張れ、跡部!」
「樺地くん…!!察してあげて!」
ハラハラと見守ると忍足の思いが通じたのか、跡部はようやく鞄を開け、中から金ピカの袋を取り出した。
「ほ、ほらよ!いつも世話になってるからな!!」
その言葉と共に、袋はドンッと勢いよく樺地の胸元に突き出される。
「やった!」
「跡部にしたら上出来やな」
と忍足はひとまず胸を撫で下ろした。
樺地は反射的に袋を受け取ったが、状況がよく分からないのか目は点のままだ。
最初は跡部が貰ったチョコのうちの一つを自分にくれたのかと思い、それはさすがにくれた人に悪いのではと樺地は考えたが、
貼り付けられているカードには自分の名前──そして、跡部の名が書いてあったのだ。
「あ、の、」
「ば、ばーか!かんちがいすんなよ!あれだ、ともちょことかいうやつだからな!!」
「全部ひらがなやで…」
「テンパってるね」
「テンパリングやな」
「つまんないよ」
「精進します」
顔を真っ赤にしてあれこれと叫ぶ跡部に、樺地はいかつい顔を緩めて微笑み掛ける。
「ウス、ありがとうございます。…嬉しい、です」
その言葉に、忙しなく動いていた跡部の口は開いたままぴたりと固まってしまった。
「美味しく、いただきます」
「…フ、フフ、フフフフ、ファーッハッハッハッハァァァ!!!!」
いきなり笑いだした跡部の声に、樺地が一瞬肩を揺らす。
「ああ…跡部、ショートしちゃった」
「まあめでたしめでたし、やな!」
冷たい風の中、一人頬を熱くした跡部の高笑いはその後も暫らく響き渡っていたという。
ストーキング形式だけじゃちょっと無理があったので、こんな感じに。
跡部は頑張りやさん!「俺様御用達」っていう言葉が跡部らしくていいかもと自己満足。(笑)
補足:
ジャンプの中野さん→ジャンプ10号参照(笑)
紫すみれと薔薇の花言葉→調べてみてください。でも個人的には白すみれな樺跡推奨。
テンパリング→チョコレートの温度調節。何故忍足がそんな用語を知っているのか…(笑)
2007.2.14