「今日、帰りに会合なー」
「えー…侑士奢ってくれるんなら行くけど」
「あほか。何で奢ってやらなあかんのや」
「宍戸さん、忍足先輩が奢ってくれるらしいですよ!」
「へー」
「マジマジ!!?」
「適当なこと言うなや鳳!!宍戸もジローも食い付かない!!」
「奢りなら考えます」
「日吉まで!?」
「じゃ、よろしくね眼鏡」
「いやいや!!何で俺なん!?嫌やし!!」
「会員の希望はできるだけ叶えてあげたいじゃない。…それにやっぱり放課後お腹空くし」
「明らかに後半の理由がメインやんかー!!」

昼休み、木陰から二人の様子を伺いながら今日の帰りの予定を立てる。
どこで会合にしようかな!ちょっと高めのあのファミレスとかどうだろう。
などと、私が食べたい物を次々と考えていると、ふとししろが口を開いた。

「…そういやさ、ずっと思ってんだけど」
「んー?」
「何をですか?…あっ、俺のことをですか!?い、いやだなぁ照れますよ宍戸さん!!!」
「お前のこと考えるくらいなら砂利について考えてた方がいくらかましだ」
そんなししろの呟きは、顔を覆いキャア、と悲鳴を上げる185cmには届かない。
「最近俺ら、昼とか帰りとか一緒だろ」
「まあ…無理矢理参加させられてますからね」
「で、帰る時だよ。考えてみろ」
「え?………」
「何……、あ」
空を見つめて考えていた赤味噌が小さく声を上げた。
「あいつか」
その言葉が漏れた途端、周りの皆からも、口々にあぁ、と納得を含んだ声が発される。
「そういえば、最近一緒に帰ってないC…」
「あいつ空気読める奴やから、しつこくは聞いて来んしなぁ」
「うん。侑士と違ってな」
「ひどっ!!」
カラフルな頭達が、各々うんうんと頷く。

「何?誰のこと?」
隣に居るぴよすに訊いてみると、ぴよすは眉をしかめて口を開いた。
「…滝さんですよ。レギュラーからは落ちましたけど、皆さんとはまあ仲良くやってるみたいですから」
「あ、あの壁が無いと立ってられない人?」
「…多分その人だと思います」
なるほど、確かにみんな──跡部と樺地君も含む──とつるんでいる姿をよく見掛ける。

「…何や仲間外れみたいで気分悪いし、一応声掛けてみよか」
「え、あいつまで巻き込む気かよ!!」
「マジか!……うわ、こ、これ俺の責任か…!?ごめん滝…!!」
ししろは頭を抱え、ここには居ないそいつへ謝り始める。
「滝かわいそうだCー…」
「でもあいつなら上手く躱しそうだよなー」
…なるほど、皆の話を聞く限りなかなか手強い相手らしい。
いざとなれば会長ってコマがあるけど、あのおっさん案外弱かったりするしな…
「じゃあ眼鏡、部活後にでも軽く声掛けてみてくれる?」
「よっしゃ、任しとき…と言いたいとこやけど、あいつはなぁ…なんや勝てる気がせん…」
「俺らには勝てる気してたのかよ!!」
「大丈夫よ、あんたになんか期待してないから。とりあえず連れてさえ来てくれればいいわ」
「それはそれでひどっ!!」




そして、部活中の二人を堪能した後。
わらわらと部室から出てくる会員達に混じって、茶色のおかっぱが現れた。
あいつが確か…………名前何だっけ。壁必須だから壁男でいいか。

「どこか行くの?」
「いや、まあ、その前に紹介したい人が居ってな。多分こっち…あ、さん!」
首を傾げながらついて来る壁男を連れ、眼鏡達がこちらへ向かってきた。
その後ろの方ではししろが青ざめた顔をしている。
だんだんと青を通り越して紫っぽくなってきたししろを観察していると、壁男がにこやかに口を開いた。
「ああ、さんか。えーと…今、I組だよね?」
「え?知り合いなん?」
………あれ?私と壁男、知り合いだっけ?
私がぽかんと口を開けていると、壁男は苦笑しながらまた私に話し掛ける。
「もしかして…覚えてない?一年の時クラス一緒で、席隣だったこともあったんだけど」
「……あ……あー…?」
「そうなん!?さすがにそれはひどいやろさん!!」
え、そうだっけ…?いつも跡部と樺地君のことばっかり考えてて、ぶっちゃけ特に仲のいい子以外は意識してなかったからなあ…
「あーうん、ごめんさっぱり」
「まあ、俺脇役だしねー。仕方ないか」
そう言って、眉を下げて笑う壁男。やっぱりまだ名前も思い出せない。
「うん、仕方ないよ」
「何その微塵も悪びれん態度!!!」

「で…えーと、壁男……じゃなかった、えーと」
「滝だよ」
「ああ、滝。ちょっと協力をお願いしたくて」
「うん、何?」

「…なあ、」
「うん」
、ちょっと圧されてねぇ…?」
「珍しいなあ」
「まあ、物忘れの激しさでぎくしゃくしてるだけのような気もしますけどね」
「どうなるんでしょうね、ねえ宍戸さん!」
「知らねえよ、俺は滝に勝ってもらいてーけど。あわよくば会が崩壊しねーかと思ってるけど」


「最近私とこいつら、一緒に行動してるんだけど。ちょっとある人達を応援してて」
「ああ、やっぱりその話?」
「え?」
やっぱり?やっぱりって何?
壁男……じゃなくてえーと、……えーと…壁男……、誰かから話でも聞いたのかな。
ハテナを大量放出する私に、壁男は笑い掛ける。
「ほら、ちょっと前。そこのキモい眼鏡と校内放送してただろ?」
「ひどっ!!何そのとばっちり!!!」
「ああ、キモい眼鏡と放送…したけど……え、あれで分かったの!?」
「多分ね。…コピーと美技?」
「!! そうそう、それそれ!!」
「え、滝、分かっとったん!!?」
「げっ…マジかよ、滝まで!!?」
「マジマジ!?」
「びっくりですね宍戸さん!!」
「もっと驚けよ長太郎!!」

ま…マジで!?
慌てる私達をよそに、壁男は相変わらず穏やかな微笑みを湛えている。
と、眼鏡がふと首を傾げた。
「…ん?ほな何で声掛けてくれんかっうわあああああ何すんねんさんうわあああああん」
「首傾げた感じがなんかむかついたから」
「ひどっ!!理不尽すぎるやろ!!!」
寝起きでふらつくECCに 吹っ飛んだ眼鏡を運悪く踏み割られた眼鏡の言葉を反芻し、ふむと頷く。
「そうよね。何で声掛けてくれなかったの?壁男」
問い掛けると、壁男の髪がさらりと流れた。


「え?だって俺、跡樺派だから」


「………」
「………」
「………」
「………な」

「「なるほどーーーー!!!?」」

同時に響いた眼鏡の声。
首を傾げる会員達。
顔色の悪いししろ。

「そ…そっちか……!」
「なるほどな…!そうやな、俺らKBAT言うたもんな…!」
「?? 何?何だって?」
「あ…と…かば?とか、言ってたC」
首を傾げる赤味噌とECCに対し、ししろはげんなりした顔で自嘲の笑みを浮かべる。
「ああ…なんで俺…何のことか分かっちまうんだろうな……」
「宍戸さん分かるんですか!?さすがです!!宍戸さんの知ってることを俺が知らないなんて耐えられません、教えてください!!!」
「教えたくねーよ!!色んな意味で!!」
…ししろももう立派な会員ね。是非今度、一冊まるまる描いてもらいたい。


「そうやったんかぁ…全然気付いてへんかったわ」
「そう?たまに本も出してたんだけどなー…和菓子(わかし)名義で」
「え!!!あれ滝やったん!?あの奥深い短編詩大好きなんやけど!!!」
「わ、私も何冊か持ってるよ壁男!!」
「ふふ、あれを分かってくれるとは…やるねー二人とも」
顎に手をやった壁男が嬉しそうに微笑むと、ぴよすが慌てたように声を上げた。
「って、何なんですかそのペンネーム!俺の名前みたいで不愉快なんですが!」
「だって和菓子好きだから」
「それにしてももうちょっと何かあったでしょう!」
まさか壁男の本が我が家にあったなんて…世界は狭いって本当ね。
そう思いながら、メルヘンポエム語りを始めた壁男と眼鏡の様子を窺っていると、ししろと赤味噌が隙を見てこっそり帰ろうとしていたから襟首を掴んでとっ捕まえた。


「…で、壁男。本題なんだけど」
「ん?ああ」
「壁男って呼び名に文句はねーんだな、お前…」
赤味噌の呆れたような声はスルーし、壁男にもともとの用件を伝えることにする。
「私達、『樺地と跡部を陰から見守りそっと支援する会』なの。まあKBATと略す通り、従者×帝王なんだけど…」
「うん」
「そういう細かいことは、二人が上手く行った後の話でしょ?」
「そうだねー」
「だから、KBATに転向しろとか会に入れとは言わないわ。手を組まない?」
「…うん、悪くないねー。さっきから部室の二人の様子録ってるそれとか…設備も整ってるみたいだし」
壁男が指差す先の小型モニターを見て、ししろが叫ぶ。
「うわっ、いつの間に録ってたんだ!?抜け目ないなお前!!」
「何言ってんのししろ、あんた達が部室出る前からばっちりよ」
「…っ!じゃあ俺達の着替えもか!!」
「眼中に無いから安心しなさい」
「…別に興味持たれたかねーけど、それはそれで何か悔しいな!!」
「あ、録画映像はダビングして、ししろの着替えに興味お持ちな短太郎に売り付ける予定だから」
「やめろ!!!!長太郎も買うなよそんなもん!!」
「え!?たっぷり実物見せてやるからそんなものはいらないですって!!?い、いやだなあ宍戸さん!!照れますよー!!」
「言ってねーーーーー!!!!」

ししろと、ししろにプロレス技を食らって満足気な短太郎は放っておいて、壁男に手を差し出す。
「じゃあ壁男、樺地君と跡部が上手く行くその日まで、協力して支援していくということでいい?」
「ああ」
「それじゃ、支援会協力員No.14壁男君。よろしくね」
「え!?いつの間にそない協力員増えとったん!?すごいなさん!!」
「よろしくー」
頷き合い、壁男と握手を交わす。
「あ、俺も俺も」
そう言ってそそくさと寄ってきた眼鏡は壁男と握手してもらうと、ノートにサインまで貰っていた。チームメイトだというのに、ポエムの力は偉大だ。


中継映像に目をやると、丁度部誌を書いていたらしき跡部が立ち上がるところだった。
「そろそろ二人とも出て来そうね。壁男、帰り道ウォッチング、付き合ってくれるよね?答えは聞いてないけど」
「勿論」
「じゃあ眼鏡、モニター撤収よろしくね!」
「やっぱり!!」



「なあさん、今日監督は来ーへんの?」
「今日は教員会議だって。泣いてる顔文字付きでメールが来たわ…キモッ」
「あ、あら?今なんか聞いたらあかんような言葉が聞こえたで?」

私達の数メートル先を行く跡部と樺地君。
跡部が妙にそわそわしている。…何かあるな。
そう思っていると、跡部が急に立ち止まり、樺地君を振り返った。
「カ、カバジ!」
「声高ッ」
「上ずりすぎだろ…激ダサだぜ」
「ウス」
跡部は声が引っ繰り返るほど緊張して話し掛けたというのに、至っていつも通りの樺地君。
「は、腹が減っタ。な…何か、食ッテ行こウゼ!」
「壊れたロボットみたいになってますけど」
「激ダサだねー」
「ウー、ウス」
「よ、よし…決まリダナ!ど…どっか、いい店、あるか?」
「ウ……、あ、この間…家族で行った…お店、美味しかった……です」
「そ、そうか!ここから近いのか?」
「ウス。十分もあれば…着き、ます」
うんうんと頷く跡部は腰の辺りで拳を握り、少し前のめりになっている。
ちょっと可愛いけど、キングの貫禄はまるでない。

「じゃあ、私達もそこでウォッチング兼会合にしようか。眼鏡、よろしくね」
「えええ!嫌や!!」
「頼むぜ侑士!」
「わーい奢りー!うれCー!!」
「太っ腹だな忍足!」
「ありがとう忍足、皆に奢りかぁ、やるねー」
「何この逃げ場のない状況!!」




樺地君が跡部の前を歩くという珍しい光景をしっかりとカメラに収め、辿り着いたのは定食屋という響きが似合う小さなお店だった。
跡部は文字の一部が剥げかかって別の店名になりつつある看板を見上げ、小さく舌打ちする。
「アーン?随分しけた店だな」
そうは言っているが、顔に締まりがない。と言うか物凄く嬉しそうだ。
「ウ…ウス…でも、美味しかった…ので。お口に合ったら、嬉しい…なって…」
「そ、そそそそそそうか!?」

「ごっつどもっとるな」
「樺地も嬉しそうですね。ねえ宍戸さん!」
「ハッ…!まさかその後で跡部も美味しく「いややーー!!いややーー!!」
「フフ、違うよ。跡部が樺地を美味しく「いややーー!!いややーー!!」
「………何つーか…状況悪化したな」
「ツッコんだら負けだぜ宍戸。飯だけ食って帰ろうぜー」
「ご飯ご飯ー!!」

はあ、と頭に手をやるししろの溜め息と、赤味噌とECCの呑気な声が響くと同時に、ガラッと横開きの戸が鳴った。
「いらっしゃいませー」
お店の人だろうか、樺地君と跡部の背中越しに中年女性らしき声が聞こえた。
「…さて、どうしようか。店の内部がどうなってるのかよく分からないからなぁ…」
「せやなあ。このまま追っかけたら見つかってまうかもしれへん」
「あ、じゃあ家で軽く変装してくっからよ!俺は一旦帰「甘いよ宍戸」
にっこり笑った壁男に肩を掴まれ、ししろは笑顔のままだらだらと汗を流す。
…うん、反乱分子の抑制のためにも壁男を味方につけたのは良い判断だったみたいだ。
「ほな、俺だけ先入って様子見て来よか」
そう言って何故か髪を整えだした眼鏡(整えたところでどうせもさいのに)を制し、壁男が口を開く。
「…いや、俺が行くよ。この会に関わりだしたことなんてさすがにまだ知らないだろうから、気付かれたとしても怪しまれないと思うよ」
「…確かにそうですね」
ぴよす、続いて赤味噌も大きく頷く。
「そーだな!滝の方が侑士より誤魔化し方上手いし!」
「…それは喜んでいいのかな?岳人」
「俺も何や複雑やわ…」
「じゃあ頼むわ、壁男」
「分かった。様子見て大丈夫そうだったら…そうだね、忍足にでもメールするよ」
「りょーかい」
ひらひらと手を振り、壁男は店の中へと消えて行った。


「…くっ…今この瞬間、二人の間に何かが起こっているかもしれないのに……ここで待ってるしかないなんて…!!」
「ほんまやなぁ…」
「あんたのせいよ眼鏡!」
振りかぶり、思い切り眼鏡の眼鏡(※レンズはすでに割れている)を突く。
「ぎゃーー!!何で俺のせいなん?!!」
「元はと言えばあんたのせいで私まで怪しまれるようになったんじゃない!今までただの一氷帝生だったのに…!」
「今更なことで八つ当りせんとっ…痛い痛い痛い痛い痛い
「おい、お前!侑士いじめんなよ痛たたたたたたたッ
「お腹空きましたねー宍戸さん」
「…お前は呑気でいいな、長太郎…」
「え?嫌だなあ照れますよー!」
「一切微塵も褒めてねぇよ!!」
「ひよC、ぬれせんべいあるとEねー」
「誰も定食屋で濡れ煎餅なんか頼みませんよ!!」

眼鏡の眼鏡がすっかりただのワイヤーと化した頃、眼鏡のポケットの中の携帯が震えた。
「お、滝やな」
「何何?なんてー?ご飯食べられる!?俺マジマジお腹空いぐぇっ
ECCの首根っ子を掴んでどかし、開かれた携帯を覗く。



二人は奥の席にいるよ。
入り口の近くの席を取ったから、二人より先に店を出れば大丈夫だと思うよ(ヾИΑ)b‐☆


「……これ、顔文字?」
「多分な…」
どないな顔やと呟く眼鏡に、ししろや赤味噌も頷く。
「なんか今までツッコめなかったんだよな…」
「俺も俺も」
チームメイトの感性に疑問を抱き悩む皆を振り返り、木製の戸に手を掛ける。
「じゃ、入るわよ。あんまり大声出さないようにね」
「行こか」
ガラリと戸を開ければ、先程と同じおばちゃんの声がした。




「……うーーーん」
「あかんなぁ」
「うん、あんまり聞こえないね」
各々食べたい物を注文して、向かい合って座る二人の姿を心行くまで撮影し終わり、一段落した後。
同じ方向へ身体を傾け、全員ほぼ無言。たまに口を開いてもひそひそ話。
店内の人達が怪訝な顔でこっちを見てくるのも仕方ない。
見つかりにくい席を選んだばかりに、二人の会話がほとんど聞こえない。
僅かに届く声も、人が通ればすぐに掻き消されてしまう。
…二人の声が阻まれる度、壁男が通り過ぎた人へ向かって何か呪文のようなものを唱えていたのは……気のせいだということにしておこう。

興味なさげに片肘をつきながらも、時折ちらちらと二人の方へ視線をやっているぴよす(ツンデレ)が、今度はこちらへ目を動かした。
「…あんたのことだからてっきり盗聴器でも付けてあるものかと」
詰めが甘いですね、とでも言わんばかりの小憎たらしい笑みを口元に湛え、ぴよすは鼻を鳴らす。
「付けてあるわよ、ちゃんと。でもこんなとこで聞くわけにもいかないでしょ。それにやっぱり生音がいいし」
「…本当、そのうち捕まりますよ」
「安心なさい、ぴよす。録音してあるから後でちゃんと聞かせてあげるわ」
「誰も聞かせろなんて言ってませんよ!」
ぴよすが少し声を荒げた後、暫らく途絶えていた二人の声が耳に届いた。

「…早く……たいんだが…」
「ウス…」
「…忍足が……せいで…」
「…ウス…空気……読んでほし…です…」

「眼鏡えええええ!!!!」
「ぎゃーーーー!!!何で!?何で箸刺すん!!?」
「バカ!!今のは『早く部室で一線を越えたいのにあんたが空気読まずに長居するからなかなか越えられない』って話でしょう!!?」
「何でそうなるんや!!!」
「今のはー、『早く部室を綺麗にしたいのに忍足が空気読まずにキモいアニメグッズ持ち込んでばっかで困る』って言ってたC!」
「ジロー先輩凄いです、地獄耳ですね!!」
「おおとりー、お前マジスッゲーよな!神経が!!」
「笑顔で言うことじゃねーよ、長太郎もジローも!!」
「ああ…『早く綺麗になった部室で一線を越えたいのに「せやからなんで!!」

「…の……はよかっ…な」
「ウ、…ス…ありが…う、ご……ます」
「……も頑張…よ。楽し…にして……」
「……ス」

「何ですって!?『昨日の晩は良かったぜ、今晩も楽しみに「やから!!なんで!!」
「まあ、頑張るのは跡部の方なんだけどね」
「もうやめてくれ滝、岳人がさっきから水飲もうとして全部口から零すくらい弱ってんだよ!!」
「き…きぶんわるい…なんか…おれ……、ッ」
「岳人おおおおおおっ!!!こんな奴らの気持ち悪い妄想になんか負けんなよ!!
俺達ずっと…ずっとまともな精神で、こいつらと戦って行くって…誓ったじゃねえか…!!」」
「ええっ!?宍戸さん、向日先輩と契りを交わしたんですか!!?どうして!?俺というものがありながら!!」
「だーーもーーー何で俺の周りはこんな奴ばっかなんだよ!!」
「ちょっとあんた達、静かにしてよ!」
「えええ、元はと言えばさんが騒ぎだしたんやんか!箸刺すしいったい痛い痛い痛い痛い!!言うたそばから!!」
「…お、…お待たせいたしました、前、失礼しますね」
「あ、どうも…騒がしゅーてすんません」
頬を引きつらせた店員さんの手により、先程注文したメニュー達がだんだんとテーブルに並べられていく。
うん、いい匂い。奢りだと思うと更に良い香りに感じられるから不思議だ。
いただきますの挨拶もそこそこに、まっふまっふと料理にがっつくししろとECC、そして幸せそうなししろの顔を眺める短太郎。

私達より少し先に料理が届いていた二人は、もぐもぐと口を動かしながら時折何かを話している。
「…これ、……しい、です」
「…うか?」
「一口………ですか」
「お、おおおおおう!!!」

「声でけえ!」
「今のは分かったで!『これ美味しいから一口どうですか』やな!」
「『その代わり、後で跡部さんを一口「いややぁぁぁぁぁっ!!」
「違うよ、『後でお前も頂くぜ?アーン?さぞ美味「いややぁぁぁぁぁっ!!!」
「か…からあげ納豆丼…食べたかっ…ゲフッ」
「がくとおおおおおおっ!!!」
からあげ納豆丼が届く前に力尽きた赤味噌と、友の死を嘆き絶叫するししろ。うるさい。
「…邪魔者は、居なくなりましたね……宍戸さん」
「何だその昼ドラ的な展開!!」
うるさい。

「…じゃあ、……せ…」
「……ス?」

「「「おおおおっ」」」
私と眼鏡、壁男の声が重なった。
遠くてはっきりとは見えないが、樺地君は確認するように首を傾げながら
跡部の箸を取った。
「これは…あのいつぞやの中庭と同じパターンね!」
「そうやな…!」
いつものようにカメラのシャッターをきりながら、動向を窺う。
定食の副菜だろうか、何か茶色っぽい緑の物をそっと箸で摘み、左手を添え、樺地君は椅子から腰を浮かした。
「「………」」
自分で振っておきながら真っ赤な跡部とそれを見守る私達、二つの沈黙が重なる。

「……べ、さん……あー……」

!!!?

私と同じように、跡部の目もカッと見開かれた。
「アァァァァァアン!!?」

「声でけーよ!!」
「いや、でも今のはしゃーないて!!」
「か…樺地君が…!『あーん』って!!」
「樺地、やるねー」
少々意外だったその発言に驚くあまり、うっかり疎かになっていたシャッターを再びきる。

「…食べ、ま……か?」
顔を赤くすることも忘れてひたすら固まっている跡部に、樺地君は首を傾げて問い掛ける。
「あ、ああ あああ!食うぜ!!」

「だから声でけえんだよ…!店の奴ら全員見てんじゃねーか!」
「仕方ないですよ宍戸さん!俺だって宍戸さんにあんなことされたら叫んじゃいますよ!!」
「んなきめぇことしねーし考えんじゃねーーー!!!鼻血拭けーーーー!!!」

そわそわと肩を揺らす跡部は、覚悟するように唇を噛み締め、目を閉じて上向いた。
「「「わーーーー!」」」
再び三つの歓声があがる。
「…あれじゃ食べられないじゃないですか!!!」
「あら、ちゃんと見てたのねぴよす!」
「あんだけ大声聞こえたら普通振り向きますよ!」
「あーん言うより、ちゅー待ちやないの!!あれ!!」
「緊張するにも程があるわよねいいぞもっとやれ!!何なら今すぐ店内で一線を「いややーーーー!!」

「…、…の…、口、開けて…れます…」
「!!あ、お、おう!そうだよな!!俺様としたことがファーッハッハッハ!!!」

「だからうるせーっての…!高笑い谺してんじゃねーか!!」
ああもう、と頭を抱えるししろに続き、ぴよすも溜め息を吐く。
「本当に…同じ氷帝生の我々の身にもなってほしいですよ…ってあんた、また連写してるんですか!」
「後で送ってあげるわね、写真」
「いりません」
「なんならGIFアニメにして動画風にしてあげるわよ」
「いりません」
「俺も撮影中やで!後でスケブ買うて帰らんと…!」

ようやく開いた跡部の口に、樺地君は箸に挟んだ茶緑色の何かを差し出した。
先程から中腰が続いていたせいか、若干ぷるぷるしている。
「…うぞ」
「ん」
ぱくりと口に含み咀嚼する跡部、窺うようにそれを覗き込む樺地君、連写を続ける私の携帯、唸る眼鏡のシャープペンシル(と数学ノート)。
「…ま、まあ、悪…はね…な」
「…ス、よかっ……す」
うん、と頷く跡部にほっと胸を撫で下ろし、樺地君は浮かしていた腰をようやく下ろした。

「…ちゅーかさん、さっきから写真撮ってばっかやったくせに食べるん早ない!?」
「後食ってないの、もうお前…と、岳人だけだぜ?さっさとしろよ」
「そうだねー、ちょっと早めに出た方がいいし。早く食べなよ忍足」
「まーどーせ皆の分忍足が払うんだCー、置いて行ってもEんだけどね!」
「ひどっ!!」




…その後。
無事、一歩先に店を出た私達は店の手前で二人が出て来るのを待ち伏せていた。
「…なあ、電柱一本に全員隠れるってのは無理ねーか…?」
「はみ出ちゃいますよ宍戸さん!もっとこっちに寄ったらどうですか!」
「触んな!!」
「ジローも寝ちゃったし…岳人は死んだままだし。
忍足、おぶってあげてよ二人とも。あ、あと荷物も」
「えええ!!財布空んなって涙目の俺にまさかの追い打ち!!?」

「あ、出てきた」
見つめていた店の出口から、金茶髪と190cmが出てきた。
ご馳走様でした、と軽く頭を下げて戸を閉める樺地君を振り返りもせず、跡部は歩き出した。
「行くぞ樺地!」
「ウス……道、逆、です」
跡部は立ち止まり、眉をぴくりと動かして踵を返した。

「激ダサだな跡部」
「下剋上…するまでもないのかもしれないな」

「まあ安っぽい味だったが、不味くはなかったぜ」
「ウス。よかった…です」
端から聞けばあまりよい印象を与えない言い回しだが、それが跡部の精一杯の褒め言葉であると、樺地君は知っている。
「お、おおお前がどどどうしてもって言うなら、ま、また二人で来てやっても、かか構わないがな!!」
「ウス。…では、また…来ま、しょう」
「あ、ああ!」
後ろ姿なので跡部の顔はよくは見えなかったが、ふらふらと道端の電柱にぶつかってキレていたから、きっと真っ赤になっていたのだろう。




「やーでも、あの店結構良かったよな。なあ若?」
「そうですね…安くて量もあって、味も「なんで日吉を呼ぶんですか!!そこは『なあ長太郎』じゃないんですかーー!!」
「違うな」
「だそうだ鳳、諦めろ」
「えー…言い方悪いけどさ、日吉って空気読めないよね」
「お前にだけは言われたくない!!」

すっかり陽も暮れ、跡部邸で別れる二人の後ろ姿を見送った後。
「ああ…重い…死ぬ…さんー、滝ー、鞄でええから一個ずつ持ってくれへんかなぁ…」
「頑張れ眼鏡」
「頑張って、忍足」
「ひどい!!そもそも岳人が帰らぬ人になってもうたんはお前らのせいやのに…
…きれいな顔してるだろ?死んでるんだぜ…それで…」
赤味噌とECCと二人の鞄、更に自分の鞄を抱えた眼鏡は、自分の右肩にある赤味噌の顔を見つめながら 薄い微笑みを浮かべる。
大分危ない状態のようだ。

「…って、あれ?さんどこ行くん?」
「戻るのよ、さっきの店まで」
「何?忘れもん?」
「念のためにね、店の人を協力員に引き込んでおこうかと思って」
「抜け目ないな!!」
「やるねー」

──そうして、その日。
支援会協力員名簿には、No.21まで名が連ねられる事となったのである。

















やっと滝さん出せたー!

2009.6.21