「花に光を星に願いをミニスカートにニーハイを、ほんなら乙女には何や?宍戸」
「は?」
今日は各部長の集まりがある。ウォッチングはひとまずお休みだ。
時は昼休み、場所は跡部と樺地を(中略)支援する会(以下省略)本部、またの名を音楽室。
榊会長に許可を頂いて得たこの部屋に無理矢理ししろを引きずり込んで、初の三人での会合だ。
…と言うか、ちゃんとした会合自体初めてじゃないかという気もする。
「乙女に必要不可欠な物。何か分かる?」
「知らねーよ」
「当てたら眼鏡が作ったPCゲーム『To Kabaat』をプレゼント!」
「激いらねーよ」
「あるルートを選ぶと私がこっそり組み込んだ18禁シナリオが出現!」
「いつの間に!!?」
せっかく寝る間も惜しんで練り上げた純愛物語がー!と叫ぶ眼鏡は放っておいて、もう一度ししろに訊ねてみる。
「勘でいいからさ」
「はぁ…。…お前らの事だからどうせまたくだらねー事言うんだろ」
「早く答えないとTo Kabaat2に出演させるわよ」
「やめろ!それはやめろ!!あーえーっと…こ、恋とかか?」
「残念、はずれ」
「あ…愛?」
「それもちゃうなあ」
「じゃ…じゃあ、王子!」
「ちゃうちゃうちゃうんちゃう」
「ちなみにただ今のししろ君の可愛らしい回答はこのボイスレコーダーに録音されました。
背の高い銀髪君に高額で売り付けて会費とさせて頂きます。ありがとうございました」
「やめろーーー!!あいつにだけは売るな!!んで会費になんかされるくらいなら個人使用された方がましだ!!!」
「まあ会費にしても個人使用しても結局用途は同じっちゅーか」
「お前らどんだけあいつらのために金使ってんだよ!!!」
眼鏡に抑えられるししろの台詞はさらっと流してボイスレコーダーを鞄にしまった。
「まあ完全なはずれじゃないんだけどね、この会に於いては『王子に恋している乙女』についてだから」
「ええか?ししろ。乙女に必要なもんはな、ときめきや!」
「だからししろって言うな」
「というわけで、ホクロにときめきをあげよう大作戦を決行します!」
「どういうわけだ」
「乙女はどういう状況にときめくんか、ギリギリ乙女なさんの意見を聞いてみブフェ!」
「ギリギリって何よ眼鏡コラ」
「……その一撃で眼鏡を破壊する強烈な右ストレートとかがギリギリなんじゃねーか…?」
割れた眼鏡のつるをぐるぐる捻ってから放り投げ、何か呟くししろに人差し指を突き付ける。
「いい?乙女がときめくのは、さり気ない触れ合い!非日常なシチュエーション!
そしてピンチから救ってくれる王子様!ししろも今後のために覚えておくがいいわ!」
「おくがいいわ!って…悪役の退場台詞みたいになってんで、さん…」
つるをぐるぐる戻しながら眼鏡がぼやいた。
「いくつか作戦を考えて来たんだけど。最初の作戦はししろに実行してもらいたいの」
「は!?何で俺なんだよ!お前らでやれば…」
「だって私はときめくホクロを間近で見たいから」
「右に同じや」
「お前ら……跡部じゃなくて自分のためにやってんじゃねーのか…それ…」
「実行は今日の放課後ね!」
作戦1:さり気ない触れ合い
「ししろ、準備ええか?」
『ししろって言うな』
「トランシーバーじゃないんだから耳に当てて喋りなさいよ眼鏡」
現在地新館出入口の植木の陰。
新館の二階に居るししろと携帯で連絡を取りながら、その一瞬を待つ。
「そろそろ来るんじゃない」
「やんなぁ……あ!来たで!宍戸!」
『おー、こっちも見えたぜ』
新館から出て来た跡部、そして樺地くん。
「よし!今や!」
合図を受けたししろは眼下を歩く跡部目がけ、
持っていたバケツを思い切りひっくり返した。
ざばー。
という音と共に、跡部はずぶ濡れになった。
「ナイスししろ!ジャストミート!」
『お前らに協力しちまったのはむかつくけど、まあ…ちょっといい気味だな』
急いで窓から身を退くししろの傍では 榊会長が目撃者に口封じをしているはずだから、
万一跡部が犯人探しを始めてもししろが捕まることはないだろう。
「…………」
一方ずぶ濡れになった跡部とその瞬間を目撃してしまった生徒達は、何が起こったか分からないのかそのまま立ち尽くしていた。
ししろが見事にタイミングを掴んだお陰でほとんど水が掛からなかった樺地くんも 暫らく固まった後我に返り、慌ててハンカチを取り出した。
「…ッ、誰だ!!」
新館を見上げて声を上げたずぶ濡れ跡部に、更に視線が集まる。水もしたたるいいホクロだ。
──そのしたたる水を、樺地くんがそっと拭いた。
「!!?」
ボッフゥと音をたてて火を噴く跡部。美しいお顔にしたたる水はあっという間に蒸発した。
「宍戸、あれが乙女のときめき☆やで!」
『…あの紅蓮の炎がか?』
しかし服にたっぷり染み込んだ水までは乾かせなかったらしく、樺地くんはそれを心配そうに見やる。
「あかん!透けるやん!」
「え?だから樺地くんはじっくり見てるんじゃ「やめてー!!」
花畑がああと叫ぶ眼鏡から携帯を奪う。
「ししろ、作戦2に移行。準備を開始する。繰り返す、作戦2準備開始。どうぞ」
「さっきトランシーバーちゃうて言うた人が何やっとんねん!!」
『あー…面倒くせぇなー、どうせもう面白いとこもねぇ…うわ!!監督!!わ、分かった分かりました!ラジャー!!』
真っ赤なまま服を払う跡部に、樺地くんはおろおろしながら声を掛けた。
「あの…服、乾かした方が…。部室、で、でも…」
「…ま、まあ…そうだな。このまま帰るのも落ち着かねえし」
「シナリオ通り…んふっ」
「!?何、さん観月と知り合いなん?」
「ほら移動するよ眼鏡」
「(はぐらかされた…!?)」
作戦2:非日常なシチュエーション
部活の無い日の部室。
それは誰も来ない密室。
少し非日常なその空間、想い合う二人が過ちを犯してしまうのも仕方のない「やめてーー!!!」
「うるさい眼鏡」
レンズはすでに割れているから、眼鏡のつるを今度はハート型に捻る。
ししろと監督とも合流し、部室傍の植え込みに身を潜めた。
「監視カメラOK?」
「全カメラばっちりやで!」
「おまっ…それ盗撮だろ!!」
「キコエマセーン」
「キコエマセーン。ちなみに各種設備は榊会長がご用意下さいました!ありがとうございます会長」
「気にするな。ポケットマネーだ」
「随分でけぇポケットだな…」
やって来た跡部と樺地君が部室へ入ったのを確認し、監視カメラの映像に視線を移す。
『樺地、乾かせ』
『ウス』
跡部は上だけ服を脱ぎ、樺地君に手渡した。どうやら樺地君が服を乾燥機に掛けるらしい。
樺地君が乾燥機をいじっている間跡部はロッカーに向かい、そこに常備してあるタオルと替えのポロシャツを──探しているのだろうが、無い。
あるはずもない。何故なら。
「事前に俺がこっそり取っといたからな。他の奴らの分もちゃんと隠しといたで。勿論ししろのも」
「俺のもかよ!!どこ置いたんだてめぇ!」
「…さて、そろそろいいかな。眼鏡、よろしく!」
「任せとき」
眼鏡はそっと部室に忍び寄ると、ドアと壁に五枚の板を渡し 予め小さく開けてあった穴にネジを締め、ドアを塞いだ。
セキュリティや監視カメラに比べると物凄く原始的だけど、これで二人は中から出られない。
そんなことを知る由もない二人は部室中タオルや服を探し回っている。
…跡部は上半身裸で。いい身体なのだが、だからこそ探し回る姿が何だか間抜けだ。
『校舎に、戻って…タオルか何か、借りて来ます』
『ああ。頼む』
そう言って樺地君はドアに手を掛ける。が。
『…?』
『どうした樺地』
『…ドアが…開きません』
『アーン?』
跡部(半裸)は樺地君に代わってノブを掴み、がちゃがちゃと音を立てる。
しかし、ノブは動くがドアは全く開こうとしない。
『?…何で開かねえんだ?』
『ウス…』
『誰か向こうで押さえてやがるのか?』
小首を傾げる跡部はドンドンとドアを叩き、次いで樺地君に声を掛けた。
『樺地、監督に電話だ』
これは部員の仕業かもしれないと判断し、この場では監督が一番信頼出来ると思ったのだろう。
でも残念ながら、監督もばっちり首謀者の一人なんですよ半裸の跡部くん。
『ウス』
樺地君は跡部に言われた通りに鞄を開け、携帯を取り出した。
しかし。
『…圏外…です』
『アーン!?そんなわけが…』
ねえだろ、と言う前に、樺地君の携帯を覗いた跡部は口を噤んだ。
隣に並ぶ自分の鞄からも携帯(×5)を出し、そのどれもが樺地君のそれと同じ状態なのを確認する。
『何でだ…』
「絶好調☆電波妨害中ー!!!」
「イエーイ!!」
「何なんだよそのテンション!!つーか犯罪じゃねえのか!?大丈夫なのか!?」
「ちなみにこの機械はししろ君の声入りボイスレコーダーを売ったお金で支払う予定です!」
「てめっ…やめろ!!!つか買ってねぇのに使ってんのかよ!!」
「今は監督に立て替えてもろとりまーす」
「私が支払っても構わないのだがな…少しでも自分達の力でやろうというその気持ちに感銘を受けた」
「こいつらの力じゃなくて俺の声なんすけど!!それも無許可の!!!」
『クソ…もういい樺地』
『…ウス』
樺地君が本気を出せば開くだろうけれど、一歩間違えるとドアを壊しかねない。
さすがに二人とも物を壊す事には抵抗があるようで、ドアからの脱出は諦めたらしい。
『窓は…お前が通るには小さいな。ジローや岳人くらいなら出られるかもしれねえが』
『ウス…』
『まあ、遅くまで部室に明かりが付いてれば誰か様子見にくるだろ』
そう言って跡部(半裸)はソファに腰掛け…ようとして、ようやく気付いた。
キング専用ソファが水浸しであることに。
勿論眼鏡の仕業だ。
『……!!何なんだ今日は!!』
ヒステリックに叫びながら、跡部は渋々三人掛けのソファの方へ腰を下ろした。
ど真ん中にどっかりと座り、ぶつぶつと文句を呟いていた跡部だったが、ふと立ちっぱなしの樺地君に気付いた。
気付かないことは多々あれど、気付きさえすれば見捨てはしない。それが跡部。半裸でもそれは変わらない。
『座れ』
『ウス』
跡部はすこーーしだけ真ん中からずれ、樺地君にスペースを空けてあげた。
すこーーしだけ。
…それは平均よりかなり大柄な樺地君に一人分のスペースしか与えないということで。
…それはつまり…樺地君が隣に座れば、密着状態。
と思いきや、それに気付いたらしき跡部は顔を真っ赤にしてソファの端へと高速移動した。ししろも真っ青なスピードだ。
真っ赤な跡部(半裸)をじっと見つめ、樺地君は口を開いた。
『…跡部さん』
そして、その手は自分の首元──ネクタイへ。
「え?」
「んん?」
画面を覗き込む私と眼鏡と時々監督。
『?』
跡部(半裸)も訝しげな表情を浮かべている。
そんな跡部と私達をよそに、樺地君の大きな手はしゅるりと音を立ててネクタイを引き抜いた。
「えぇ!?」
「…!」
「え…っ」
驚いたししろも加わり、四人で押し合い圧し合いながら画面を覗く。
ぱちくりと目を丸くしている跡部(半裸)の前で、樺地君は再び首元に手をやった。
今度は両手を──シャツのボタンに。
「ちょっ、え!お、お前ら!もし…樺地に限ってそんな事ねぇって信じてるけどよ!!
もし…もし、そ、そういう展開になったらお前らどうするつもりなんだよ!!」
「大丈夫、録画してあるから!!」
「微妙に会話になってねーぞ!!」
「俺もピュア派やったけど…そうなってもうたらしゃあないな…。男らしく潔く、To Kabaat2は18禁にするわ」
「んなところで男気見せんじゃねぇよ!!!つーか俺『も』って何だ!」
「あの樺地が自主的に行動したのだ、私も見届けねばなるまい」
「むしろ止めろ!!教育者として間違ってんぞ監督!!!」
半泣きになりながら逃走しようとするししろを皆で捕まえながら、しかし視線は画面から一瞬たりとも逸らさない。
『か…樺地?』
とうとうシャツを脱いでしまった樺地を見て、跡部は顔を強張らせる。
そしてついに、樺地君の腕が跡部(半裸)に延ばされた──…
『…ん?』
跡部は思わず固く閉じてしまった目を恐る恐る開く。
『?』
その背には樺地君のシャツが。
『暑い…から、大丈夫だと思います、けど…一応、羽織っておいた方が』
『……あ、ああ』
『自分ので、すみま…せん…』
『い、いや。気にすんな』
跡部はほっとしたのかちょっぴり残念に思っているのか、力なくハハハと笑った。
「ああ…激焦っ…い、いや、俺は樺地を信じてたけどよ!」
「泣きながら逃げようとした極ダサは誰だったかしら」
「ほんまほんま。極ダサやで」
「極行ってよし」
「極!!?」
シャツの下に着ていたタンクトップから惜しみなく曝け出される樺地君の逞しい腕。とてもぶら下がりたい。
跡部はそれをちらちらと横目で見ながら、掛けてもらったシャツをぎゅっと掴んでいる。
『…あ』
『!? ど、どうした』
じっと見ていた樺地君が急に声を上げたので、跡部は驚いて肩を揺らした。
『パソコン…で、メールを…』
『あ、そうだな、その手もあったな』
早速樺地君はソファからのっそりと立ち上がり、パソコンに近付く。
ボタンを押して電源を入れ、メールソフトを起動し…
『…駄目…です。繋がりま、せん』
「勿論配線外して、ネットは繋げなくしてありまーす」
「まーす」
「お前ら…逆に尊敬するぜ…」
後ろで見ていた跡部も溜め息をついた。
『駄目か…。一応全員分のパソコン試しとけ』
『ウス』
「あ!!俺のパソコン、壁紙がV字おかっぱの子のまんまやった!また跡部に怒られる…」
「またあの何か気持ち悪いアニメのやつか?極ダサ…。ちょっと岳人に似てるよな、あれ」
「ああ、あれ俺が描いたやつや。自信作やで〜」
「マジかよ!!極キモ!!」
「もはや激ダサの原型あらへんやん」
樺地君はぱっつんキノコ、ししろ、金髪居眠りパンツのパソコンで不通を確認した後、次いで忍足のパソコンを起動した。
どうやらシャツの乾燥が終わったらしく、乾燥機前からソファ、そして再びパソコン前へと戻った跡部は 忍足のデスクトップが視界に入るなり声を荒げた。
『アーン!!?あいつまたこんなもん設定してやがんのか!!神聖な部室で何考えてんだあの野郎…』
あんたこそさっき、神聖な部室で樺地君見つめて何考えてたんだというツッコミは呑み込む。
『明日の練習メニューは千本…いや、一万本ノックだな』
「…別に私は眼鏡が跡部に抹消されようが全然全く構わないんだけど、あんなデスクトップで樺地君に悪影響が及ばないか心配だわ」
「抹消て!さん!!…樺地と跡部の盗撮写真を携帯待ち受けにしとる人に言われたないわ!!」
「忍足、今度私のデスクトップ用に野性の王国×答えはnudeを描いてはくれないか」
「あ、……はぁ、構いませんけど…。そや、To Kabaatいりますか?」
「おお、是非頼む」
「…監督…一応言っときますけど、それ、職員室でやったら即解職っすよ…」
蚊の鳴くようなししろの助言は、恐らく榊会長には届いていないだろう。
『全部、駄目…でした』
『そうか…。あ、これ。ありがとな』
そう言って跡部は羽織っていた樺地君のシャツを差し出す。
『ウス』
『なっ、何なら洗って返してやっても構わねーっつーか、むしろ新しいやつと換えてやってもいいんだぜ!?』
『?…いえ、大丈夫…です』
『…そ…そうか』
「激ダサだぜ…跡部…」
「跡部は樺地君のシャツを一体どうするつもりだったのか、そこらへんよく考えてTo Kabaat2を企画したまえ眼鏡」
「…ほ…ほらあれやん、お部屋にあるでっかい熊さんのぬいぐるみに着せてあげんねんて。
そのぬいぐるみ抱っこして寝るんやって。な!2は更に純情・ますますキュートでいくで!」
「楽しみにしているぞ、忍足。作ってよし!」
『…さて…やれる事はやり尽くしたな。そもそもの用事は済んだってのに』
『ウス…』
『心配すんな、遅くなれば家の者達が探しに来る』
『すみません…自分が、部室に…なんて、言わなければ…』
『アーン?ドアが開かねえのも圏外なのもてめぇのせいじゃねーだろ。気にすんな』
「うーん…何だか心が痛くなってくるわね」
「あ、さんにも良心なんてあったん痛い痛い痛い痛い!!」
「何なら跡部のお家にも手を回して、一晩閉じ込めておこうかとも思ったんだけど」
「怖ぇ作戦立てんなよ!!それ一晩中見てるつもりだったのか!?」
「そろそろ作戦3に移ろうかと思います。会長、ししろ、眼鏡、よろしく」
「ああ、任せておけ」
「俺も!?何も聞いてねーぞ!!」
「い、痛い痛い痛い…!」
作戦3:ピンチから救ってくれる王子様
ピンチ。危機。
それには色々な種類がある。
その中でも乙女的に一番怖いのは……そう、
「やっぱり不審者よね」
「さんも遭遇したことあるんか?」
「見掛けただけだけどね。ひたすら跳び続けてる人、道端でパンツで寝てる人、下剋上やるねーって呟きながら藁人形打ってる二人組。色々居たよ」
「俺もなんとなく知ってるような気がするのは…気のせいか…?」
「そこでお三方には不審者になってもらいます」
「なってもらいますって、嫌だろ!!普通!!」
「? 二人はそんなことないみたいだけど?」
「まあ樺ちゃんと跡部のためならしゃあないわ」
「愛する生徒のためだ。私も一肌脱ごう」
「こいつらは普通じゃねーんだよ!!!」
「会長に向かってこいつはないでしょししろ」
「……もう好きにしろよ…」
「最初からそのつもりだよ☆」
「やで☆」
「好きにしてよし☆」
「くそッ…!!」
各種変装用具で三人が不審者になる間、私はドアに近付き 先程眼鏡が締めたネジをひとつずつ外していく。
なるべく音を立てないように、そっと外した板を地面に重ねる。
「さん、準備出来たで」
「そう、じゃそこの板持っ…グッ」
振り返ると、そこに立つ眼鏡は完全に不審者と化していた。
「か、完っ璧…!!」
マスクにサングラス、帽子。夏なのにコート。典型的な不審者だ。
後ろに会長とししろも並んでいる。
不審者×3。何だろうこの光景は。
笑いを堪えるのに必死でネジが外せない。
「っクソ、笑いすぎだろ!!」
恐らく照れた顔をしてるんだろうけど、マスクとサングラスで全く分からなくなっているししろ。
「だ…!だって…!!」
「、笑ってよし」
会長はハマりすぎていて、とても危ない感じだ。
「…ああもう、ドライバー貸し」
笑いが止まらない私の手からドライバーを取ると、眼鏡…もといサングラス(不審者)はやたら手際良くネジを外して行く。
どこからどう見てもピッキング犯だ。
外し終えた板とネジと共に、私達は再び植木の陰に身を潜める。
『いいか?』
「オッケー!」
一人ドアの前に立つししろ(不審者)に、樺地君も跡部もドアの近くには来ていないことを携帯で伝える。
『よし、んじゃ行くぜ』
ゴンゴン。
ボッ!!!
乱暴なノックの後、ししろ(不審者)は高速ダッシュでこちらへ移動する。
『アーン?…やっぱり誰か居るのか!』
ドアに向かって声を張り上げ、跡部はソファから腰を上げた。
ししろも無事植木の陰へ辿り着き、四人で息を潜める。
『おい、開け…ん?』
ノブを掴みながらドアを叩いていた跡部だったが、思いの外軽い手応えに首を捻る。
樺地君ものっそりと跡部の後ろに佇み様子を伺っている。
ゆっくりとノブを回してそのまま押してみれば、ドアはガチャ、と音を立てて呆気なく開いた。
『…?誰か…開けて、くれた…んでしょう、か』
『…さあな…。なら様子を見に入ってきても良さそうなもんだが…。…まあいい樺地、荷物だ。帰るぞ』
『ウス』
樺地君はいつものように鞄を二つ背負うと、ちらちらとドアの様子を窺う跡部に続いて部室を後にした。
「…なあ、さんは不審者やらんの?」
「いや…一応人としての尊厳くらいは守っておきたいかなって…」
「俺だって嫌だっつーんだこんな格好!!」
「それは俺らには最早人間としての尊厳もないっちゅーことか」
「それにやっぱり、女じゃ迫力ないでしょ」
「まあな。ホラー的恐怖は女の人の方がありそうやけど」
「あと怪我はしたくな………ううん、しっかり録画しとかなきゃいけないしね!」
デジカメを掲げ、不審者三名と共に樺地君と跡部の帰路を追う。
暫らく部室に閉じ込めておいたお陰で、いい具合に日も暮れ始めている。
「ちなみにこのデジカメはししろ君のスペアポロをオークションに掛けてその代金で「やめろーーーー!!!」
「…?今宍戸の声しなかったか?」
「そう…ですか?」
「…気のせいか。…ったく、今日は早く帰ってゆっくりしようと思ってたのによ…」
「ウス…すみません」
「だから謝んなっつってんだろ」
「ウス。すみません」
「………」
やがて夕暮れの色もほとんど消え、人通りの少ない道に差し掛かった。
切れかけた電灯の鈍い黄色が光る。
絶好の不審者出没スポットだ。
「そろそろいいんじゃない?」
「そうだな。忍足、宍戸。気合いを入れろ」
「…はあ…」
「通報されそうになったらさっさと逃げなさいね」
「ほな、3・2・1で行こか」
抵抗を諦めたししろ(不審者)と気を引き締める会長(不審者)。
そして割といつも通りのテンションのサングラス(不審者)がカウントを始める。
「3…2…1!!」
ダッ、と音を立て、三人の不審者は前方を歩く二人に向かい走り出した。
「?」
足音に気付いた樺地君と跡部が振り返る。
不審な格好で突進して来る三人組に危険を感じたのか、樺地君は鞄を地面に置き 立ちはだかるようにして跡部の前に構えた。
三人は良いチームワークでばらけ、樺地君と跡部を取り囲むようにして立ち止まった。
「…アーン?何だ、お前らは」
ギロリと跡部の青い目が光る。
樺地君はいきなり攻撃はせず、構えた状態のまま三人を警戒している。
「我々は不審者だ。見て分かるだろう」
「不審者て自分で言うことちゃうやろおっさん……なあ、そっちのホクロのお兄ちゃんえらいべっぴんさんやん。パンツ見せてや、パンツ」
サングラス、渾身の変態発言。
しかし。
「…跡部さん…は、パンツは…はきま、せん」
「そうなん!!?」
その返答は予想外かつ、何故か樺地君からのものだった。
「アーン?当たり前だろうが」
「何がどう当たり前なのかちっとも分からねぇ…!!」
叫ぶししろ(不審者)の2メートルほど横で暫らく腕を組んでいた会長(不審者)だったが、ふと思い立ったようにポケットを漁り始めた。
何を出す気だ、と樺地君は更に身構えたが、出て来た物は……飴だった。
「飴をやろう。アルタイルキャンディーだぞ。私をよろしく」
「堂々とパチモンや…!」
「だから私の車に乗るがいい。向こうに駐車してある」
ベッタベタな方法で跡部を誘う会長。
「ハッ、俺様がそんな安い飴ごときで釣れるかよ!」
しかしその誘いは一言で断ち切られた。
…高い飴なら釣れるんだろうか。
「…ほな、樺地柄抱き枕カバーやるわ。せやからおいでや」
サングラスはポケットの中から畳んだ布を取り出し、それをバサァッと広げた。
そこにはキラッキラな樺地君のイラスト(画:眼鏡)。
まあさすがの跡部もこれに引っ掛かるほど馬鹿…
「な…な、何だ!それは!!い、いくらだ!!?」
…だった。
私は…私は思い違いをしていた様だ…
跡部が樺地君に懸ける想いを、私は読み切れなかった!
「いくらって…それはお兄ちゃんに身体で払てもらわんとなあ?」
サングラス、捨て身の変態発言。
隣のししろがあまりの気持ち悪さにドン引きしている。
「跡部、車に乗ってよs「バレる!!バレるておっさん!!」「お前も関西弁やめろよ!!」
「くっ…、…どうしても現金では無理か!?」
いやいやいや、そんなに欲しいの?それが!?
どうしても無理って言われたらどうするつもり…!
「…跡部…さん」
「! …な、何だ樺地」
「…自分が…抱き枕に、なり、ます。だから…いり、ません」
「!!!」
たちまちボンゥアヮッと赤くなる跡部の顔。
だ、大丈夫よね!ちゃんと録画出来てるよね、これ!!
サングラスと会長も神々しいまでのときめきオーラに胸を焼かれ、心臓を押さえてよろけている。
「…そ、そうだな。眠れない時はすぐ来いよ!理由つけて来なかったりしたら許さねえからな!!」
「ウス」
茹蛸乙女にとって、安眠には程遠い抱き枕になりそうね…。
すっかり二人の世界に浸っているが、だからこそ、今!
そう直感したらしいサングラス(不審者)が先陣を切り、赤い顔の跡部に向かって走り出した。
次いで会長、渋々ししろも。
そして三人がかりで跡部を担ぎあげ、そのまま走り去……れるはずもなく。
「い゙いい゙い゙ぃぃ゙ぃ゙ーーーーーー!!!!」
雄叫びを上げる樺地君に、会長(不審者)は腹を殴られ、
ししろ(不審者)は首根っこを掴んで投げ飛ばされ、
サングラス(不審者)はサングラスを割られ視界が悪くなり自分で転んだ。
一瞬宙に舞った跡部の身体をしっかり抱き留め、樺地君は「大丈夫…ですか」と優しく訊ねる。
「…さすがだな…樺地。私の教え子なだけあr「バレる言うとるやろおっさん!!」
「あーもういいだろ!撤退すんぞ!!」
その言葉を合図に、三人を追うか 跡部のガードに専念するか迷った樺地君の視線を振り払い、不審者三人組は命からがら?戻って来たのだった。
「お疲れ様。お陰でいいコメディー…じゃなかった、いいラブロマンスが撮れたよ」
「忍足、お前…演技がリアル過ぎて気持ち悪ぃんだよ!」
「いやー、どうせやるんやったらリアルな方がええやん」
「ベガキャンディもあるぞ。要るか、」
「いりません」
樺地君にそっと地上に降ろしてもらった跡部だったが、真っ赤な顔のまま足元がふらついている。
「大丈夫…です、か?」
樺地君は心配そうに、答えてもらえない先程の問いを繰り返す。
「あ…ああ、大丈夫だ。……本当に凄いな、お前は」
「?…ウス…ありがとう、ございます」
「…礼はこっちだろ。…助かった」
「ウ、ウス!」
珍しく素直な跡部の礼に、樺地君の頬もぱっと染まる。
「ほら、鞄持て。行くぞ」
「ウス」
樺地君は頷くと、地面に置いていた鞄を再び肩に掛け、いつも通り跡部の後ろについた。
「…全く…何だか妙な一日だったな。なあ樺地」
「ウス」
いつもの問いにいつもの返事。
いつもと少し違うのは、ほんのり桜色の頬が二人分。
後日。
「なあ跡部ー、これいらん?」
「!! そっ、それは……!な、何だ、お前それ、どこで手に入れたんだ!?それもやっぱり…身体払いなのか…?」
「ん?何のことや?」
…と、眼鏡は樺地君抱き枕カバーを跡部(ノーパン)に三万で売り付け、会費は大変潤った。
「乾かせ」を「いぬいかせ」と読んでしまった君は僕と握手!
何故樺地は跡部がノーパンだと知っているのだろう。
2008.2.6