放課後。
あちこちの教室から順に吐き出されて行く人混みの中、忍足は部室へ、は樺地と跡部をウォッチングするためテニスコート脇へと向かっていた。
「今日の収穫は大きかったね」
「ああ…あのオッサンに逆らえる人間はこの学校には居らんやろうからな」
「…でもさ、全校生に呼び掛けたのに、見つかったの一人だけ?」
「…確かに…そう考えると少ないような気もするなぁ…」
昼休み、榊を『跡部と樺地を(中略)支援する会(以下省略)』に引き込むことに成功した二人だったが、未だ人員不足な今の状況に頭を悩ませていた。
ちなみにあの後の話し合いの末、榊は 先に会員だった二人をすっとばして 支援する会の会長に就任した。
「やっぱり前から思ってたんだけどさ、跡部と同じクラスの人とか、樺地くんと仲のいい人とかを引き込むべきだと思うの。どんな手段を講じてでも」
「そやなー…って、どんな勧誘する気や!!」
「跡部のクラスに知り合いとか居ないの?眼鏡」
「跡部んとこは…特に仲ええ人は居らんなあ…。…あぁでも、あいつやったらまあ仲ええし、ええかもしれんな」
「誰?」
「っと、噂をすれば影やん。右斜め前方にターゲット発見」
はそちらを指す忍足の指の先を目で追い、その先の人物を確認し頷く。
「…ああ!なるほど、あいつなら…!」
「クラスも割と近いし、口も固いし適任やろ。…ま、すんなりOKするとは思えんけど。ほなさっそく勧誘と行こか」
「でも部活があるし、長引きそうなら部活後に話聞いてもらわない?」
「…それもそうやな。約束だけ取り付けとこか」
うん、と頷いたは ひょこひょこと人波をすりぬけ、ターゲットの背後についた。
そして、
「ちょいとそこの少年」
「うわっ!!?」
いきなり後ろ十数cmの距離から話し掛け、ターゲットを驚かせることに成功した。
「おまっ、いつからそこに…!全く気配無かったぞ!」
「ついさっき来たばっかりですが」
「そうかよ…」
そのターゲットとは、テニス部レギュラーでもある宍戸亮のことであった。
「えーと………だよな?お前。一年の時 石ジイにボール当ててヅラ剥いだ奴」
「あら、名前覚えてもらってるなんて光栄だわ。でもあれはただの事故だよ、ヅラだなんてあの時まで知らなかったし(にこにこ)」
「…思いっ切り嘘ついてる顔してるぞ、お前…。で?何か用か?」
「あ、うんうん。部活の後、ちょっと校門までツラ貸してくれない?」
「…ツラ貸せて…。それ、呼び出しっちゅーかボコり予告になっとるで、さん」
ようやく人波を抜けて二人に追い付いた忍足が声を掛ける。
「忍足…そういや昼に気持ち悪い放送してたな。と知り合いなのか?」
「まあ色々あってやな、一緒に下校する仲に「ちょっと今、手を組んでるんだけどね。そのことについて少し話したいの、来てくれる?」
「はあ…まあ、いいけどよ」
「よしっ、ありがとう!部活頑張ってね」
「お、おう」
「俺にはそんなん言うてくれたこと無いくせに…ひどいわー」
「じゃ、スタンバイしなきゃいけないから、お先に!」
「あ、ああ……スタンバイ?」
「完全無視!!?」
の足音が遠ざかり、残された忍足と宍戸は二人並んで部室へと歩き出す。
「…で、何の話なんだ?お前も知ってんだろ?」
「ん、ああ…(跡部の事…って言うたら、宍戸のことやからまたややこしい事になるって勘付いて逃げてしまうやろし…)」
「今ここで話せねーような事か?」
「えっとなあ……樺地の事やねん」
「? 樺地?あいつがどうかしたのか?」
樺地という単語を聞いて、怪しむような表情をしていた宍戸の顔が 心配そうな色に変わる。
「まあ詳しいことは後で。誰にも言わんといてな。もちろん、樺地本人にも」
「…ああ…分かった」
小さく頷く宍戸に、改めて樺地の信望の深さを感じた忍足であった。
「まだかなー…」
未だ開かぬ部室のドアを眺め、は呟く。
「おかっぱが鍵当番で、樺地くんと跡部とさっきの短髪…あれ?そういえば何て名前だっけ?あいつ…まいっか。
あと眼鏡か、今部室に居るのは」
一方、その部室の中では 皆各々のロッカーの前に立ち、他愛無い会話を交わしながらジャージに着替えていた。
「(…樺地が…何だ?こうして見るぶんには別に、いつもと変わらねーと思うんだけどな…)」
宍戸は忍足の言葉を思い出し、二つ隣のロッカーの前で着替える樺地をちらちらと横目で見る。
──と。
「…おい宍戸」
「あ?何だ跡部」
「てめえ今、樺地見てただろ」
「え、いや別に、ちょっと視界に入っただけ「見てただろ!着替える樺地をいやらしい目で!舐めまわすように…!!」
「はぁ!?」
「今日はラケット持たせねえからな!お前一人だけずっと外周してろ!」
「は!?何だよそれ!!」
「うるせえ!」
「ウ…?」
いきなり喧嘩しだした二人を見つめ、自分が着替えていたのが何なんだろう?と樺地は首を傾げる。
「ま、気にせんとき、樺地。(…宍戸も大変やなあ…)」
そう言って忍足がポンと樺地の肩を叩いた瞬間、矛先は勢いよく忍足へ向かった。
「忍足…てめぇもか…!!」
「はい?」
「今樺地に触ったな!しかも直に、肌に……!!お前も終わるまで外周だ!」
「えええぇぇ!」
「頑張れよー、宍戸、侑士」
呑気に声援を送る岳人に、樺地はますます首を傾げるのだった。
「あ、やっと出てきた」
口論の末、結局跡部達が部室から出て来たのは まだ来ていなかったレギュラー達が全員揃ってからとなった。
「…なんか今日、一段と樺地くんにひっついてるな、跡部」
ギラギラと周囲を威嚇しながら登場した跡部は 号令の時もストレッチの時も外周の時も、樺地から半径50cm以上離れることはなかった。
「よし、たっぷり写メっておこう。新しいSDカード買ったしね!」
ふふふと小さく笑うは、周りの女子達がそっと自分から離れて行っていることに気付いてはいなかった。
結局 練習中ずっと、跡部は樺地の半径50cm以内、もしくは同じコートの中に居た。
少しは別の人と組んだらどうですかと進言した日吉はその後、『跡部部長は万華鏡写輪眼を持っている』などとおかしな言動を繰り返していたという。心の傷が残らないことを祈るばかりだ。
「…そういえば、あの短髪と眼鏡、今日はやたら外走ってばっかりいたような気が……まあいいや」
終了の号令が響き、部室へと戻って行くレギュラー達を眺めながらはこの後のことを考えていた。
「さて、どう勧誘したらいいかな…。…鳩尾に一発入れて入会書に血判を…」
が危険な計画を企て始めた時、部活の監督を終えた榊が現われた。
「。この後も二人を追うのか?」
「あ、はい。二人が家に着くまでですけど」
「そうか、法に触れないようにな」
「はい。気を付けます……あ!そうだ!」
「どうした?」
「これから一人、テニス部のレギュラーを会に勧誘しようと思ってるんですけど、先生からも何か言ってもらえませんか?」
「ああ、構わないが。誰を勧誘するんだ?」
「……えーと……あの、髪が短くて、帽子かぶってて、いつまでも掠り傷が治らない……」
「宍戸か」
「(…そんな名前だったかな)はい、そいつを」
「なるほど、あいつは根は真面目だからな。しっかりやってくれるだろう」
そこまで話し終えた時、部室のドアが開き 部誌を持った跡部と樺地が出て来た。
「あ、追い掛けなきゃ…校門で待ち合わせもしてるし。一緒に来てもらえますか」
「ああ」
新館へ行くのであろう二人を追い、榊とは新館入口傍の校門へと向かう。
「…って、部誌見るのって榊先生ですよね?ここに居ちゃ駄目なんじゃ…」
「私が職員室に居ない時はデスクに置いておくよう言ってある。大丈夫だ」
「そうですか。あ、そこにしゃがんで」
「?」
「先生と歩いてると目立つんで。怪しまれたら会として行動しづらくなるでしょう」
「なるほどな。…しかし、この体勢で二人並んでいる方が目立ちはしないか?」
「そうですか?」
二人が新館に入って行ったのを見届けた榊とは校門の傍にある植木の陰に身を隠した。
…が、しかし、大柄な教師が小さくしゃがんでいる姿は かえって時折背後を通る生徒達の視線を釘付けにしてしまっている。
そこにを探す声が聞こえた。
「さーん…?まだ来とらんのかな」
「ああ…居ねぇな」
「あ、来た来た眼鏡達。おーい、眼鏡!ししろ!」」
その声に反応し、は植木の陰から立ち上がった。
「ん、何やそんなとこに居ったんかいな」
「おう。で、何だ話って(ししろって…滑舌悪いな…)」
植木に歩み寄ってきた忍足と宍戸だったが、に続いて榊が姿を現わすとその足はぴたりと止まった。
「か、監督!?」
「え?何でオッサ…やなくて監督が」
「居てもらったほうが話がまとまりそうじゃない?」
「まあ…そうかもしれんけど」
「まとまる…?何がだ?」
「うむ。早速だが本題に入ろう。宍戸、最近の跡部をどう思う」
宍戸の呟きはスルーし、榊が訊ねる。
「跡部…?ま、まあ、強いのは確かだし…統率力もあるし、いい部長…じゃないっスか?」
「そういう事を訊いているのではない。もっと個人的な事だ」
「??」
ハテナを飛ばす宍戸に、更にが問い掛ける。
「最近の跡部、何か変なことない?」
「いや…昔っからおかしいからな、あいつは」
「ほら、あったやん宍戸。今日も」
「あー、なんかわけ分かんねーけど延々外周させられたんだよな。何だ?それと関係あんのか?」
「あると思うで」
そう答えると忍足は 何の話?と小声で訊ねると榊に部室での出来事を説明し始めた。
一人 輪から外された宍戸が、あれと首を傾げる。
「…忍足、てめぇ樺地の話だっつってなかったか?」
「そうやで?」
にっこりと胡散臭い笑みを浮かべる忍足に、宍戸の眉間に皺が寄った。
「つーか!そもそもお前が樺地がどうとか言うから気になっちまったんだろうが!」
「…気になって?どないしたん?」
「部室でつい樺地のほう見ちまったんだよ!」
「いやらしい目で?「ちげぇよ!!!」
宍戸にローキックを入れられて蹲る忍足に代わって榊が口を開く。
「そこでどうなったんだ、宍戸?」
「??…跡部が絡んで来た…?」
「そう、それが重要なの!」
「?」
元気に人差し指を突き付けるを見下ろし、また宍戸の眉間の皺が増えた。
「ししろが樺地を見ていた、なんでそこで跡部が絡んでくるのか」
「誰かがあの子を見つめとる…ちくりと痛む胸の内、それ即ち」
「「「恋…!」」」
漫画ならば点描を散らしているだろう優雅なポーズを取り、瞳を輝かせた三人が綺麗にハモる。
「……恋…?…変の間違いじゃ…」
その姿にドン引きする宍戸の両肩を榊ががっしりと掴んだ。
「我々はその恋を手助けするために集った愛の天使なのだ。分かるか?宍戸」
「自分で天使言いよったこのオッサン……ま、そういうことや。協力してや、宍戸」
「この話、聞いちゃったからにはただでは帰せないわよ」
「む、無茶苦茶だろ!!そんな事に首突っ込みたくねぇ!俺はごめんだ!!」
「宍戸、レギュラーから落とされたいか?」
「こんな場面で権力振りかざすな!パワハラで訴えんぞ監督!!」
「協力してくれるよね?答えは聞いてない」
「聞いてくれよ!!」
「ほら、今やったら入会特典で飴ちゃんやるで。梅味」
「激いらねーっつーかそれ明らかにポケット入れたまま忘れてたやつだろうが!!!」
「榊先生が会長で、私と眼鏡が会員番号1と2なの。ししろは3番ってことになるんだけど、いいかな?」
「勝手に話を進めるな!!!あと俺は し し ど だ!ちゃんと発音しろ!!」
一人フル回転でツッコんで行く宍戸の息が切れ始めた頃、新館玄関から跡部達の姿が覗いた。
「お、出てきたで」
「じゃあししろにも初の会員活動をしてもらいましょうか」
「だから!俺は!!」
「眼鏡、ガムテ」
「イエッサー」
どこから出したのか、忍足からガムテープを受け取ったは それで宍戸の腕と口をぐるぐる巻きにした。
「〜〜〜〜〜〜!!!」
「監督も来ますか?」
口を塞がればたつく宍戸をよそに、は榊に尋ねる。
「いや、私は校舎に戻ることにする。あまり席を空けると不審がられるからな」
「そうですか。じゃあ、お先に」
「ああ、行ってよし!」
ポーズを決めた榊は颯爽と新館へ去って行った。
その榊に会釈をし、すれ違いにこちらへ向かってくる跡部達。
樺地の背には、やはり鞄が二つ。
「よし!では新メンバーを迎えての下校ウォッチング、開始!」
「おー!」
「…〜〜……っ!」
「あら、ししろもやる気十分だね!」
「…って宍戸、なんや顔色悪……あーっ!さん鼻までガムテで覆っとるやんか!!これはさすがに死ぬで!」
「あ、ごめんししろ」
バリバリと痛々しい音を立て 口周りの産毛と共にガムテープを剥がされた宍戸は息も絶え絶え、すでにツッコミ役としての機能を果たせなくなっていた。
「…せやけど、生気抜けておとなしくなったな」
「そうね。足元がちょっとふらついてるから、あんたおぶってあげなさいよ」
「俺!?」
「じゃ、しゅっぱーつ」
「ちょっ、待ってや!!」
文句を言いつつも忍足は言われた通り宍戸をおぶり、先を行く帝王と従者を追って校門をくぐった。
「今日は少し寄りたい店があるんだが、いいな?」
「ウス」
軽く後ろを振り返って尋ねる跡部の後ろ1メートルに樺地、達は更にその5メートルほど後ろに居る。
「そこは『いいな?』じゃなくて『いいか?』って訊くべきとこじゃないのかな」
「まあ、断るとも思えんけどな」
「樺地くんの予定の有る無しくらいは把握してるのかもね」
「どこ行くんやろなぁ」
「…はっ!まさか本来私達は立ち入れないような店!?」
「あー、二人とも簡単に年齢詐称出来そうやもんな…ってこら!」
「あんたが言うな眼鏡」
声量控えめに話す達の先で、再び跡部の声が聞こえた。
「その店、ジローと岳人が絶賛してたんだけどよ。大して興味はねぇが 一応どんなものか見るだけ見てやろうと思ってな」
「ウス。…何の店、ですか?」
「ん、ああ。アクセサリーショップらしいぜ。どうせ安物ばっかりだろうが」
「…なんて言うか…何の店か言い忘れるあたり、ちょっと天然よね。跡部って」
「というか、コミュニケーションが取れてないっちゅーか…」
「…忍足…下ろせ…」
「お、復活したんか?宍戸」
背中から響く地を這うような声に従って、忍足は宍戸を地上へ降り立たせた。
「何度も言うが、俺は付き合うつもりねぇからな」
「…素直について来ないと鞄返さないよ」
「な!!何だよその小学生並みの脅し!」
「しかし軽いわねこの鞄。どうせ教科書一冊も入ってないんでしょ」
「ほ、ほっとけ!…別にいいぜ、返さなくても。大した物入ってないしな!だから俺は帰る」
ぷいと背を向ける宍戸に、は鞄をじっと見つめたのち満面の笑みで口を開いた。
「……じゃ、明日ピンクのリボンとネズミーキャラと榊先生のアイコラでデコレーションしてししろの席に返しておくね!」
「!!?ぇ…ってかアイコラ?」
「あ、ラインストーンで思いっ切り『ししろ』って書いとくのも主張過剰でいいかも」
「だから俺はししろじゃねぇって!!」
「もう諦め、宍戸…。俺も名前覚えてもらえんどころか今や眼鏡呼ばわりやもん」
うんうんと頷きながらそっと宍戸の肩を叩くも、華麗に無視された忍足であった。
辿り着いた先は小振りだが大通りから比較的近い場所にある店だった。
看板にはNatts Houseと書かれている。
「よく案内出来たね、あの跡部が」
「同じとこ五回は回ったじゃねーか…」
「いや、それでも辿り着いただけ記念ものやで」
結局、その後も鞄に納豆を詰めるぞなどと脅された宍戸は 抵抗を諦めて達と共に跡部達を追跡していた。
「でもこんな小さい店だと、中に入ったら気付かれちゃうかもね…。とりあえず髪とか制服とかいじってちょっと雰囲気変えとこうか」
「堂々としといたら意外と気付かれんかもな」
「ししろは眼鏡の眼鏡を……ん?眼鏡の眼鏡?」
「だから俺は…ああ、もういいぜ…。忍足の眼鏡掛けろってか?」
「眼鏡貸すん!?チャームポイント無くなるやん!!」
「チャームポイントだから貸すんだろ。ほらよこせ」
忍足から奪い取った眼鏡をかちゃりと装着した宍戸、を見た忍足とは。
「…………」
「…………」
口を閉ざした。
「…な、なんだよ」
「素敵に似合わないよししろ」
「ほんまに…。やっぱあれやんな、その眼鏡は俺やからこそ魅力が引き立つっちゅーか」
調子に乗った忍足は宍戸に殴られ、頭が2ミリほどへこんだ。
眼鏡は割られた。
跡部達に遅れること数分、達も店内へと侵入した。
いらっしゃいませ〜と店員さんの声が響いたが、幸い跡部達は商品に隔てられた位置に居り、達が来た事には気付いていないようである。
「結構雰囲気いいな、ここ」
「そうね…あ、すみません店員さん、店内撮影って出来ますか」
「ぬかりないな…さん…」
追跡を放棄してアクセサリーを見ている宍戸の横で、と忍足は商品を物色するふりをして耳を澄ます。
「…いいのあったか?樺地」
「ウ……あんまり、こういうの、分からないので…」
「そうか」
「見てるぶんには…面白いんです、けど」
「よし、じゃあこの俺様がお前に似合うやつを選んでやるぜ」
「…ウス!」
「新手のアピールを覚えてきたわね、跡部」
「物に思い出を擦り込もうっちゅー話やな。…で、宍戸くんは何をやっとんねん」
「うるっせーな、俺は興味ねぇって言ってんだろ」
「面白いのになぁ」
「…これとかどうだ?」
「ウス?」
そう言って、跡部がつまみ上げたのは──指輪だった。
「左手、出してみろよ」
「ウ…ウス」
「そこで左を指定することに疑問は持たへんのやろか、樺地は」
「まあ…純粋だから…?」
跡部は差し出された左手をそっと掴むと、迷うことなく薬指に指輪を持って行った。
「お約束ね…」
「明らかにサイズ合ってないやん…小指にしてやりや…」
そう呟きながら、は商品を撮るふりをしつつ携帯カメラのシャッターを切りまくっている。
不安定な角度でも確実に被写体をフレームに収められるというのはかなりの高等技術かもしれない。
必死な顔でぐりぐりと指輪をはめようとする跡部の隣で、樺地は指が痛いのか僅かに眉を下げている。
「…あ、あの、サイズが…合わないみたい、なので」
「っ…大体なあ、お前あっちもこっちもでかすぎんだよ!」
「まあ破廉恥」
「お前がな」
「あ、ししろが相手してくれたー」
「うっ…」
ツッコミの性分が働いたのか、ついの台詞に返答してしまい苦い顔をする宍戸。
その手には 買うつもりなのかちゃっかり二つほどアクセサリーが握られている。
「それに…せっかく、選んでもらっても、指輪だと…学校に、こっそり着けて…行けないし」
「!」
「あの樺地くんが!こっそりアクセサリー着けて登校!?」
「…赤くなる前に叱りや、生徒会長…!」
「ば、ばーか!コードでもチェーンでも通せば首に掛けられるだろっ」
そう言ってシンプルなチェーンが並んだコーナーを指差す跡部を見て、樺地はああ、と口を開けて頷いた。
「ウス。じゃあ…これに、します」
そう言って指輪を受け取る樺地は少し嬉しそうで、跡部の顔はますます赤くなった。
「じ、じゃあコードも選んでやるぜ!!」
「ウス…あ、でも、お金が」
「買ってやるよ、それも」
「!だ、駄目です、そんな…」
「こんな安物でごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ」
「クソ、金持ちめ…!!」
「…二つ買ったら財布が寂しくなったのね、ししろ」
「いや。二つとも取り置き頼んどったで」
「ばっ、余計なこと言うんじゃねえ!」
「でも…」
「普段の礼だ、気にすんな」
「……」
「…わかったよ、貸しだ。何かの機会に返せ」
「ウ、ウス」
「身体で返せですって!?」
「言ってねえだろ」
「またツッコミ入れてしもうたなあ、宍戸?」
「…くっ、畜生…」
にやにやと宍戸の背中を叩く忍足だったが、実は内心ツッコミ役の立ち位置を奪われてしまうのではと怯えていたりする。
「これなんかいいんじゃねえか?長いから隠しやすいだろ」
跡部はレザーコードを樺地の首元に当て、訊ねる。
「ウス。かっこいい…です」
自分の事をかっこいいと言われたのかと勘違いした
跡部
は一瞬固まり、意味を理解して頭を振った。
「短いのも似合うと思うが、それはまた今度だな」
「ウス。…跡部さんは、何か…買わないんですか?」
「そうだな……お、これとかいいな!」
そう言って跡部がわざとらしく掴んだペンダント。
実は視力は全く悪くない忍足侑士は、見た。
「…あれ、さっき樺地に勧めた指輪と同じデザイン使とるで」
「え、本当!?…さり気なくお揃いってこと?」
「気持ち悪ぃ……」
「何言うとんねん!お揃いアクセ☆は乙女の永遠の憧れやろ!!」
「乙女じゃねぇし。星つけんな」
「後でこっそり同じ物買うよりましよ」
「それは…完璧にストーカーだな…」
「似合うか?」
「ウス。かっこいいです」
今度のそれは俺様がか、この安物がなのか、どっちだ樺地!とインサイトを発動させながらも跡部は高笑いを始めた。
「ファッハッハ!俺様に似合わない物は無いぜ!」
「…それもどうかと思うけどな」
「そうね…。ポリバケツの蓋でもプルタブでも似合うつもりかしら」
「…ちょっと似合いそうなんが不思議やな」
「じゃ、これとこれでいいな?会計済ますぞ」
「ウス」
出入口に近いレジへ向かう跡部達と入れ違うように、達はさり気なく店の奥へ移動する。
「あ、やっぱりカードや」
「カード使えるお店で良かったわね」
「カード使えねぇと物々交換持ちかけるからな、あいつは」
「…跡部の所持品だったら、物々交換の方がかえって儲かりそうだけど」
跡部ファンに売っぱらえばその二、三倍にはなるだろうしなーと呟くを、宍戸は畏怖の顔つきで見ていた。
跡部は店員から渡された二つの小袋のうち一つを更に樺地に渡す。
「ウス、ありがとうございます」
「おう。じゃあ帰るぞ樺地」
「ウス」
「俺らも出よか」
「うん。ししろ、帰るよ」
「あ、おう」
「また見とったんかいな。金無いんやろ?」
「うるせーよ、見るのはタダだろ!」
達は跡部達を追うようにして(実際追っているのだが)店を出て行った。
その様子を見た店員は、あの二組は一体どんな関係なんだろう、と暫らく首を傾げていたという。
「樺地。それ、つけてみろよ」
そう言って跡部は、今だ大きな手に握られたままの小さな袋を顎で指す。
「ウス」
ごそごそと袋を開ける樺地を横目で見ながら、跡部も自分の袋を開く。
樺地は指輪をレザーコードに通し、首の後ろへ腕を回した。
跡部もそれに続…こうとするも、不器用な上に普段あまり自分で付けないためかまずクラスプが外せずにもたついている。
それを見兼ねたのか、自分の分を早々に付け終えた樺地は跡部の後ろに回った。
「自分が…付け、ます」
「そうか」
「ウス」
樺地は頷いてペンダントを受け取ると、手早くクラスプを外し チェーンをそっと跡部の首に掛けた。
「…あのまま思いっきり首絞めたらおもしれーんだけどな」
「シシードス、お前もか…!お前も俺の花畑伐採して行くんか!!」
「シシードスて何だよ語呂悪いな…で、お前はさっきから携帯構えたまま何やってんだ?」
「ときめきメモリアル〜KabaAto Side〜を製作中です」
「あー、これな、改造携帯やから写メ撮っても音がせんのやって」
「ま…マジかよ…そこまでして…」
「樺地くんに首筋を撫でられて震える跡部を撮れるならたとえ火の中水の中」
「草の中森の……って!せやから何でそっちに行くねん!こんな微笑ましいシーンやのに!!」
もう帰りたい…この店知れたのは良かったけどよ…と宍戸少年は大きな溜め息をついたのだった。
「付いたか?」
「ウス」
跡部のペンダントを付け終え、樺地は一歩離れ定位置に戻る。
その樺地を目で追いながら跡部はククッと喉を鳴らした。
「似合っちゃいるが、やっぱり制服に付けるとなんか変だな」
「ウ…そうですか?」
「ああ。また今度、それに合いそうな服でも選んでやるよ」
「ウ、ウス!」
「さり気なく次回のデートを取り付けたわね」
「やるやん、跡部…」
跡部と樺地、各々の制服の襟元からチェーンとコードが覗くようになるのは、この翌日からのこと。
……宍戸少年の災難も、まだまだ始まったばかりである。
頑張れ宍戸。
校長の名前は「しゃくじい」に食い付く子と「照実(てるざね)」に食い付く子、二派に別れると思います。
2007.7.17
(2009.3.15修正)