「私達には」
「うん」
「味方が足りないと思うんですよ」
「そうやね」

ただ今、二時間目と三時間目の間の休み時間。
そんなに長い時間ではないけど、やっぱり一応のこと考えとかんとな。
というわけで今日も今日とて教室の外から跡部をウォッチング中や。

「どうしたらいいのかな…効率的かつ安全な方法…」
「んー…難しいなあ」
現在支援会員は二人。少なすぎるわ。むしろ支援会って言えへんわ。
そういうわけで増員計画を練っとるとこなんやけど、これがなかなか。
ああでも、二人で組んでから今日でちょうど一週間か。
あれはほんま運命の出会いやったなあ…
と、一週間前の出来事に思いを馳せて はたと気付いた。
「……あるやん、分かる人には分かるもの!」




──昼休み。
さんと俺は猛ダッシュで放送室へ乱入した。
バンッと派手な音を立てて開いたドアに注目が集まる。
「ごめん、ちょっと流したいことがあるんだけど」
「え?あ…、じゃあそこのメモにでも書き留めといて。後で読み上げるから」
さんの勢いに気圧されつつもきちんと対応する放送委員Aさん。(声は放送でよう聞くけど名前知らんねん。)
「それじゃ駄目なの、いいからマイク貸して!」
「ちょっ、放送委員以外には触らせるなって言われてるんだよ!」
「あーもう……ガタガタ抜かすんじゃないわよ、耳貸しな」
そう言ってさんは放送委員Aさんに何かを耳打ちする。
…すると、Aさんはみるみるうちに青ざめ、慌てて椅子を離れた。
さん…何話したんやろ……めっちゃ怖い…
この人、仲間で良かった…。
さんはその椅子にどっかりと座ると、恐怖に震え続けるAさんにマイクの使い方を教わり始めた。

これからお昼の放送の時間。
けれど形式に沿うだけのそれは正直退屈で、真面目に聞いている人間はかなり少ない。
やから、俺達自身がジャックする必要がある。
「よし。忍足、出番だよ」
「おう」
作戦開始。天才と呼ばれる所以、今ここで見せたろうやないか!
まずは奇抜な内容で生徒達の注目を引く…!

『…んあぁ……っはぁ…』
突然大音量で校内に響き渡った俺のセクシー吐息に、ある者は鼻血を出し、ある者は目眩を起こし、
ある者は食っとった弁当を噴いたという。
「いいよ忍足、すっごくキモい!その調子!」
隣でそう微笑むさん。(…何か変な単語が聞こえたのは気のせいやんな!)
その後ろではAさんが気絶しとる。あーあかんなぁ、色っぽすぎたんやな俺。
『…んん……んあ…』
「はいありがと、交替」
「ん…もう…ええのん…?んぁ「気持ち悪いのでやめて下さい」
…つれへんなあさん!(何か変な単語が聞こえたのは気のせいやんな!!)

さんはマイクに体を近付け口を開く。
『大変お聞き苦しいものを流して申し訳ありませんでした。
今から述べる4文字のアルファベットをよく聞いて下さい。
まず一つ目は“K”。
二つ目は“B”。
三つ目は“A”。
最後は“T”、です。
“K”“B”“A”“T”、以上の4文字が意味するものが分かった方は3‐H忍足、又は3‐Iまでご連絡下さい。
以上です。」

さんはそう言うと素早くマイクを切り、部屋のドアに手を掛ける。
「行くよ忍足!」
「あ、はい」
そう、増員も大事やけど基本は見守り支援するのが目的。
お昼休みラブランチと屋上デートを見逃すわけにはいかんのや…!


どたばたと中庭に向かうと(さんこういう時だけめっちゃ足速い)、
そこにはすでに例の二人が座っていた。
「もうお弁当広げてるね」
「そやな…あっ昼飯持って来るん忘れた」
「私も…。まあいいや、五時間目に食べよう」
「いや、…ちゃんと授業受けようや…」

樺地と跡部はと言うと、すでに弁当に何口か手をつけとるみたいや。
跡部は無駄にキラキラした装飾過多のスプーンを持ったまま、樺地とその弁当を見つめる。
「…なあ樺地」
「ウス」
「それ、一つくれ」
跡部は樺地の弁当の中にちょこんと入っているアスパラのベーコン巻きを指差す。
樺地家のお弁当作りは樺ちゃんの担当らしいから、これも樺ちゃんが作ったんやろ。ほんまに器用やなー。
「ウス…お口に合えば、いいんですが」
「ハ、バーカ。お前が作ったものが不味いわけがねぇ」
何その溢れる愛…!と白目になる俺の隣で、さんは小さなノートに跡部の愛の台詞をメモしている。

で、いつもの跡部ならひょいっとつまむなり、フォークで取るなりして食べるんやけど。
今日は違った。

今日の跡部は
「ん」
と小さく声を上げたかと思うと目を瞑り、
樺地に向かって控えめに口を開けた。

「ノォォォオオオ─────!!!??」
「『アーン?』じゃなくて『あーんv』だぁぁああ!!!!!写、写メ撮らなきゃ…っ」
騒ぐ(あくまで小声)俺達、頬を染める跡部、目を見開く樺地。
乙女や…!ハヒフヘ乙女や!
たまにはちょっと可愛らしく甘えてみちゃう☆やな!!
「ふむ…見ようによっては若干エロく「コラッ!ピュアラブ壊さんといてーな!!」
改造携帯でシャッターを切りまくるさんにツッコミを入れつつ、跡部を見守る。
固まったまま動かない樺地に根気よく口を開けたままの跡部。一時停止掛けとるみたいやな…

暫らくすると痺れを切らしたのか、跡部はゆっくり目を開いた。
「…アーン?何してる、…早く食わせろ」
台詞はいつも通りやけど、ほんのり頬を染めたままやからあまり迫力が無い。
その声ではっと我に返った樺地はおろおろと目を泳がせ、すみませんと言って跡部のフォークを取る。
自分のつこた箸では失礼やと思たんかな。そんなん気にせんでええのに…
…ちゅーかむしろそれも狙いやったんやと思うで、目の前の乙女ホクロは…。
樺地はフォークでベーコン巻きを軽く刺すと、「どうぞ」と左手を添えて跡部の口元へ持って行く。
それを見て 歪んでいた跡部の口端が嬉しそうに上がり、再びゆっくりと目を閉じ 口は開かれた。
そこにピンクと緑の色鮮やかなベーコン巻きが運ばれる。

「のああー!こんな時に限ってデータフォルダがいっぱい!さっき撮りすぎたー…!!」
横でプチパニックを起こすさんの代わりに心のシャッターを切る俺。あとで現像(=イラスト化)したるからな…!

口の中にフォークの先が入ると跡部は軽く顎を引き、ベーコン巻きを口に収めた。
樺地はギラギラ豪奢なフォークを持ったまま、心配げな面持ちで もぐもぐと口を動かす跡部を見つめる。
やがてごくりと喉が鳴り、跡部は樺地に笑顔を送った。
…いつもの嫌味ったらし〜い顔やなくて、抑え切れんというような笑顔を。
「たまには素直にスマイル☆だってツンデレやもん作戦 やな!!」
「え、サド女王っぽいけど実は違うんですたまには乱暴にして☆アピールじゃ「せやからなんでそっちに行くねん!!」

跡部のその顔に安堵したのか、樺地はふっと肩の力を抜いた。
「…ほらな、不味いわけがねぇ」
「ウス。良かった、です」
そう答える樺地にも僅かに笑顔が浮かぶ。(ミリ単位の変化やからめちゃめちゃ分かりにくいんやけど)
「…っ」
案の定樺地の笑顔にやられ、顔を真っ赤にして俯いてしまった跡部と それを不思議そうに見つめる樺地。
あーほんま、乙女と無邪気はあかんわぁ…反則やな…
「…実は樺地くんはドSの計画犯でさ、こうやって羞恥に染まる跡部を見て心の中でにやりとしてるのかも「やめてー!!ていうか羞恥とか関係無いやろ!照れとるだけやん!」
ほんっま、さんの妄想はことごとく俺の脳内に広がるピュアラブ花畑を伐採して行くな!!ある意味天才やわ…!

まだ赤いままの跡部はそれを誤魔化すように弁当を掻き込んでいく。
樺地も跡部の様子に首を傾げながらも、いつもの調子で豪快に食べ始める。
「…腹減ったなぁ…」
「あ、そこヨモギっぽいものが生えてるよ。食べれば?」
「……いや、遠慮しときます…」
っぽいって何やねん!とツッコミを入れる気力も無く項垂れていると、二人が弁当箱を片付けて席を立った。

屋上へ移動する二人をこっそりと尾行する。もう慣れたもんや。
……と思ったら。
「あれ?」
二人は特別棟ではなく新館へと入って行ってしまった。
「何やろ…」
「…あ、そういえば。今日部長の集まりがあるとか言ってたわ」
「あーなるほどな……残念やなぁ…」
新館は歩いている生徒も多いから、特に尾行という感じもしない。

時折すれ違う人たちがこっち見てひそひそ言いながら指差してくるんは……さっきの俺のセクシーボイスに酔ってしもうた子たちかな?
まあしゃあないな。俺やもん。俺様の色気にブギウギやで!
『ほら、さっきの放送の二人』
『本当だ…て言うか忍足超キモくなかった?』
『確かにー!』
『んぁあ…勝つんは氷帝…』
『ギャハハハハ!似すぎ!!』
『でもあれどういう意味なんだろうね、KA、B、T…?だっけ?』
『さあ?』
(…なんか変な単語が聞こえたんは気のせいやんな!!!)

会議室の前まで来ると、樺地は会釈をして跡部と別れた。
…その手には、跡部の弁当箱。
「あー、どうする?樺地くん追い掛ける?」
「そやなあ、跡部は一応真面目に用事やるやろし」
跡部が会議室に引っ込んだのを確認してから樺地のあとを追う。
そして辿り着いた先は、跡部のクラス。
樺地は軽く頭を下げて教室に入ると 跡部の席へ近付き、鞄の中に弁当箱をしまった。
でかい二年に注目が集まるが、あぁ、という感じでその視線はすぐに解けていく。ま、普段からあれだけ一緒に居ればな…。

跡部のクラスをあとにした樺地は、いつものようにのそのそと廊下を歩いて行く。多分このまま二年の教室に戻るんやろう。
すぐそこやし、ということで 俺達はダッシュでそれぞれ自分の教室に置いてあった弁当を取ってきた。やっと昼飯食えるわ…。
樺地は自分のクラスに帰ると席に座り、弁当箱を片付け始めた。
その様子をウォッチングしながら俺達も遅めの昼食をとることにする。
…まあぶっちゃけ廊下のど真ん中で弁当広げとるからみんなの視線独り占めなんやけどな!
さんは弁当箱を脇に置いたまま携帯をいじっとる。昼飯よりデータフォルダの整理が大事らしい。
俺もはよ現像(手描き)しとかんとなー。
そう思いながらもりもりと地味な色の弁当を食べていると、廊下の向こうによく知った影が見えた。
「…うわやっば、監督やん!!廊下で弁当はさすがに怒られる…」
あのおっさん何か怖いねん…レギュ落ち嫌やし…
撤収しようと慌てて弁当に蓋を被せ、無駄にファンシーなバンダナでそれを軽く包む。

が。
「忍足!!!!」
「はいぃぃぃいい!!!!!!!」
「あ、はい」
あかんー!怒られるー!!
思わず身構えたものの、監督はさっきみたいな大声は出さず
「話がある。来なさい」
とだけ言ったのだった。


連れられて行った先は音楽室。
監督はポケットから鍵を取り出すとドアの鍵穴に差し込む。
何やろ?別に説教ならわざわざこんなとこ連れて来んでも……
「…お仕置きされるのかしらね。色々と」
「ちょっ、な、なんか笑えん冗談やめてや…!…ま、万が一その時は協力して逃げてな!」
「もしもの時はスタンガンがあるから大丈夫だよ。熊もイチコロ☆」
「熊!?なんでそんな物騒なもん持っとんねん…!!」

監督に聞こえないよう小声で会話していると、ガチャリと音がして鍵が開いた。
「入れ」
監督はドアを開けて促す。
ああ…!神様仏様諏訪部様……!南無阿弥陀仏!寿限無寿限無五劫の擦り切れ!!
震える俺の横でさんは至って普通の顔しとる。男前やな…
恐る恐る中へ踏み込むと、背後のドアが閉められ鍵が掛けられた。
思わずびくりと肩が震える。
監督は俺達を追い越してピアノの横の椅子に座り、俺達に軽く手招きする。
それに従い数歩前に進むと 監督は静かに口を開いた。

「…では本題だ、忍足、。」
「はいぃぃぃいい!!!!!!!」
「はい」
「先程の放送のことだ」
あ、弁当やなくて放送ジャックのことか…。
ああもうどっちみち怖いねん!!助けてアンパンマン!おねがいマイメ□ディ…!!

「K、B、A、T…と言ったな」
「はいぃぃぃいい!!!!!!!」
「はい」
「…それは…もしかすると、うちのテニス部員二人のことを指すか?」
「はいぃ………え?」
「えっ…わ、分かったんですか?!」
「ああ、恐らく。…そしてここが問題だと思うのだが、間に乗算の記号は入るのか?」
「は、入ります!!」
「そうか!…私も同じだ…!!」

思わず固まってしまった俺をよそに、さんと監督は興奮して叫び合う。
ちょっとデジャヴるな、この光景…。
…あ、俺とさんが確認し合った時こんな感じやったんか!
「マジで人類×愉快なホクロ、です!!」
「そうかそうか!鈍色の巨体×狂おしく麗しく、だな!」
ようやく我に返った俺に、さんがガッツポーズを向けた。精一杯のひきつった笑顔でガッツポーズを返しておく。

そして監督はバーンとピアノの鍵盤に指を叩き置き、いきなり歓喜の歌を熱奏&熱唱し始めた。
部屋中に響き渡る交響曲第九番第四楽章(男性独唱)。
俺達にも歌うよう要求する中年。
ノリノリで熱唱し始めるさん。
この不可解な状況に眼鏡がずれてくる。ど、どうツッコんだらええんか分からん…関西人の血が押され気味やで…!

「私に出来ることなら何でも協力するぞ!!行ってよし!」
…せやけどとにかく、めっちゃ力強い仲間を手に入れたで!!
















監督メインじゃねーのというツッコミは自分でしておいたので不要です。
シノビアシのクラス捏造でごめんなさい。氷帝のクラスは数字じゃなくてアルファベットな気がする。

2006.12.28
(2009.3.15修正)(やっぱりアルファベットだった!)