並んで歩く男二人の後を追う男女。
さささっと物陰から物陰へと移動する様は非常に怪しい。
しかし、今朝とは違い すれ違う生徒達に視線を向けられることはない。
それはひとえにすれ違う人間がほとんど居ないという理由からであった。
「人居らへんなー…」
「ほんと。こんなとこあったんだね」
交友棟とグラウンドの脇を抜け、新館を横目に木々の間を歩いて行く。
校内の他の場所に比べれば人気が無く、木や植え込みの手入れも雑に見える。
「新館に戻るんか思ったけどちゃうみたいやな」
「……ハッ、まさか木陰に連れ込んで…!!」
「……ほんま、見掛けによらん発想力やねぇ…」
前方を歩く二人の手には弁当の包みが握られたまま。
何か話しているようだがよくは聞こえない。
時折跡部が声を立てて笑っているように見える。
「あ、本館過ぎたね」
「ほんまや」
本館の横も通り過ぎ、特別教室棟のところで二人は足を止めた。
所謂裏口だろうか、普段の移動ではあまり使うことのないドアを開けてそこへ入っていってしまう。
「うわ、どないしよ…入ってしもた」
「どないって…追うわよ!」
そう言ってはドアノブに手を掛けゆっくりと捻り、僅かにドアを開けた。
その隙間から中を覗くと、二人は階段のところで向きを変え 二階へと上って行くところだった。
「上…?」
「別になんもあらへんやんなあ…」
「…ハッ!まさか空き教室に連れ込んで…!!」
「あー…五時間目はサボりになりそうやな…ってコラ!ピュアな二人を壊さんといてや!」
と忍足は壁に沿って移動し、二人が階段を上りきったことを確認しようとする。…が。
「あら、まだ上に行きよるで」
「三階?」
小声で呟く忍足に首を傾げ、階段を上る音が小さくなるのを待った。
そろそろか、と視線を交わすと大きな足音を立てないよう細心の注意を払い階段を上る。
しかし頭上の足音は三階では止まらない。
「?」
と忍足は顔を見合わせつつ、更に階段を上って行く。
忍足は階段の一番上の段に来ると壁の端から顔を覗かせ、辺りを伺った。
この棟は四階までで、これより上はない。
「居った居った」
忍足が指差す方を覗き見れば、跡部と樺地が廊下を進んで行くのが見える。
そして二人は突き当たりのドアの前で足を止めた。
「あれ、あんなとこドアあったんだ…」
「そう言われたらそうやな。入ったことないわ…何があるんやろ」
跡部はズボンのポケットに手を突っ込むと、チャリと音を立てて鍵を取り出し ドアの鍵穴に差し込む。
「鍵?…普段は閉まっとるってことやんな。何でそれを跡部が個人使用しとるわけ?」
「…うまいこと先生騙したとしか思えないよね」
「ほんま要領えぇやっちゃ」
跡部と樺地はドアの向こうへと消え、カンカンと鉄製階段を上る音が聞こえてきた。
「上?」
「外にも階段があるんか」
「行こう」
は静かにドアを開け、耳に響く高い音が消えるのを聞き届けてから階段を上り、忍足も後に続く。
「こういう階段って音が響くのよね…」
「ほんま、ストーキン…やない、追跡には不向きやわ」
小声で話しながら暫らく上って行くと、急に視界が開けた。
「あ…屋上?」
「あったんやなあ、こっちにも」
新館や本館の屋上へは四階から直に階段で繋がっている。
一応立入禁止ということになっているのだが、内鍵しか付いていないので 生徒達はこっそりと上っては教師に怒られていたりする。
(特に3年のJ.A君が昼寝に使用することが多い)
は頭だけを出して様子を見る。
すると、跡部と樺地は開けた殺風景な場所に並び 二人で柵に腕をついて風を受けていた。
「絵になるほのぼのカポーだねー…。…ハッ、そう見せ掛けて今からお天道さんの下であれやこれなことを!?」
「いややー!ピュアな二人を壊さんといてってば!ところでさんえぇ脚しとるな!」
「な!?…どこ見てんのよ!!」
「痛い痛い痛い落ちる!すんません!!」
は忍足を蹴落としつつ、床にへばりつくようにして 階段から屋上へと這い上がる。
姿勢を低くしてタンクの陰に隠れ、二人の様子を伺った。
先程まで風に流されて聞こえなかった会話が耳に届く。
「…玉葱って剥きすぎると無くなるんだな」
「ウス」
何の会話ですか───!!!??
思わず大声でツッコみそうになる心を抑え、次の言葉を待つ。
「悪いことしたな…」
「いえ、その、きちんと言わなかった俺も…悪いので」
「…でもお前、あの後それで泣いてたんだろ?」
「ウ?……あ、あれは、玉葱が目にしみただけ、です」
「何の会話やねん!!」
「ちょ、シーッ!」
階段から生還しに追いついた忍足は 滾る関西魂を抑えられなかったようだ。
は慌ててその口を押さえる。
「…?あの、今…何か、聞こえませんでしたか」
「…そうか?気のせいじゃねぇの」
「ウス…」
「あー…また、玉葱使う時呼べよ。今度はちゃんと教えろ。うまくいけば切ってみる」
「…ウス」
ほんのり頬を染めて呟く跡部に、樺地は心配そうに頷く。
「…もう!見つかるとこだったじゃない」
「すまん…、で、何の話なん?あれ」
「さあ…跡部が玉葱を剥きすぎて無くなっちゃったのよね?」
「で、その後樺地は玉葱を切っとったと。…呼べっちゅーことは樺地の家?」
「…樺地家で料理修業?」
「…玉葱剥くレベルから修業って大変やなあ…」
「切るなんて論外よね」
樺地の気持ちを汲み、と忍足は思わず遠い目になってしまう。
更に二人の会話に耳を澄ますと、珍しく樺地から口を開いた。
「あ…この間借りた本、あと少しで読み終わるので、明日か明後日には返します」
「そうか、早いな。今どのへんだ?」
「えっと、赤スーツの主人と、従者が薔薇の花束を抱えて出て来たところ…です」
「OVA全国大会編Vol.5───!!!!」
「シーッ!!」
またもツッコミが炸裂してしまった忍足を押さえ込む。
「…あの、やっぱり、何か聞こえるような…」
「そうか…?何だろうな」
そう言い、跡部がこちらに近付いてくる。
「やっ、やばい!」
見付かる…と身構えた瞬間、チャイムの音が響き渡った。
「お、そろそろ戻るか」
「ウス」
そう言うと跡部は僅かに進路を変え、二人は階段へと消えていったのだった。
「ああ…ぎりぎりセーフやな…」
「そうね……ってちょっと待った!鍵!」
「鍵…?……あ」
先程確認したわけではないが、恐らく外側に鍵は付いていないだろう。このままでは締め出されてしまう。
「ど…どうしよう…」
「跡部らに見つかりたないけど…先生らに見つかったら余計厄介やしな…しゃあない」
そう言うと忍足は立ち上がり、ばたばたと階段を下り二人を追った。
その音に機敏に反応した樺地は 跡部の前に立ち構える。
「!!? やっぱり誰か居たのか!……って、…忍足?」
「……やあ!」
「やあ!じゃねぇよ!何だお前…っ何でここに居る!!」
「いやーあのー…さんといちゃいちゃしに来たらここのドアが開いとっへぶぁ!「違ァァァう!!!」」
の豪快な飛び蹴りを受け、忍足は華麗に吹っ飛んだ。眼鏡は割れた。
「えーとね!今この眼鏡と、そのー…あ、漫才!漫才コンビ組んでて!
練習したいから人が居なさそうなとこを選んで来たの!そちらは何?デート?」
「ばっ、デデデデートなんかじゃねぇ!バカ!バーカ!!!」
昨日と同じように真っ赤になる跡部。
樺地もまたそれを言葉通りに解釈しているようだ。
…と言うか実は 漫才のツッコミにしてはかなり豪快な蹴りだなぁ などとどうでもいいことを考えていたりする。
「ま、まあいい。とっとと来い授業始まんぞ!」
跡部はそう言うと乱暴にドアを開け中へ入って行く。
樺地はそのドアを押さえ、(と に引きずられる忍足)を通してくれた。
「あ、ありがとう」
は樺地に軽く頭を下げて礼を言う。
──引きずられる忍足(一応天才)は見逃してはいなかった。
先を行く跡部が、その光景を見て僅かに眉を寄せていたことを。
20.5巻と終始睨めっこでした。捏造甚だしく…申し訳ない。
忍足君はピュア樺跡推奨派のようです。
2006.12.8