「今年は、プレゼントねえからな」
一月三日、我が家を訪ねてきたその人は、ドアを開けて一番にそう告げた。
「……ウス。…明けまして、おめでとうござい…ます」
「…ああ」
今年初めて会うというのに、年始の挨拶もないなんて。
お偉いさんや親戚の人たちに、もう嫌というほど挨拶をして来たからかもしれないけれど。
ほんのり赤くなっている跡部さんの頬と鼻のてっぺんを見て、外に雪がちらついているのに気付いた。
「中、どうぞ」
慌てて跡部さんを家の中へと招き入れ、温かい飲み物を出すため台所へ向かった。
紅茶の入ったカップを二つ並べて、向かい合う。
「…誕生日、おめでとうな」
「ウス、ありがとうございます」
…今年は、プレゼントは無いのか…
そう思ったところで、ふと自分がとても贅沢な考えを持っていたのだと気付かされた。
毎年貰っていたからって、それを当たり前だなんて思っちゃいけない。
俺なんかの誕生日を覚えていてくれて、忙しい中わざわざ来てくれるだけでもすごいことなのに。
…なのに、自分は。
そんな自分が嫌になって、ひとつ溜め息をついた。
顔を上げると、跡部さんも何やら浮かない顔をしている。
ドアを開けた時からそんな気がして、心配していたんだけれど。
寒さのせいだと思っていた頬と鼻の赤みもまだ引いていない。
「あの…跡部さん」
「何だ」
「…どうか、しましたか?」
そう問い掛けると、跡部さんは少しばかり目を見開いて視線を逸らした。
「…何もねえよ」
そうは言うが、これは何かある時の顔だ。
どうしたものか、と見つめていると、跡部さんの口元はみるみる歪んでいく。
「何でもねーって言ってんだろ」
「…ウス」
ここまできっぱり言われてしまってはどうしようもない。
俺には滝先輩みたいな話術はないから、こうなると話してくれるまで待つしかない。
せっかく誕生日に来てくれたのに、何だか静かで寂しいな、と思いながら紅茶を啜ると、釣られて跡部さんもカップに手を延ばした。
「?」
しかし、何か様子がおかしい。
出しかけた左手を慌てて引っ込め、わざわざ右手でカップを回してから取ったのだ。
「…跡部さん」
「何だ、さっきから」
「左手、見せて…下さい」
「アーン?何でだよ」
何事もないかのように装っているが、僅かに息を詰めたのが分かった。
「…見せてください」
「何でだ」
「跡部さん」
いつもより少し強い口調で促すと、観念したのか跡部さんは俯き、ゆっくりと左手を差し出した。
「…これ、は」
ばつが悪そうに肩を竦めた跡部さんの指先には、いくつもの絆創膏が巻かれていた。
「どうしたんですか、これ」
「…転んだ」
「跡部さん」
先程より更に強く名を呼ぶと、跡部さんは口をへの字に曲げ、鼻から大きく息を吐いた。
「刺したんだよ…針で」
「針…で?」
「……お前、よく手作りのもん寄越すだろ」
「?ウス」
「…あれ、まあ…なかなか悪くねぇ…っつーかぶっちゃけすっげえ嬉しい…から、今回は俺が…って」
ますます頬の赤みを増しながら呟かれた言葉に、思わず耳を疑う。
「……何か、作ってくれた…んですか?」
「……」
照れているのか、声は出さずに小さく頷く。
「…見たい、です」
「駄目だ」
「どうして、ですか?」
「駄目だ」
「跡部さん」
「駄目だ駄目だ!」
指の怪我、プレゼントは無い…ということは、多分、自分の作った物に納得がいかなかったのだろう。
プライドの高いこの人のことだし、気持ちは分かるけれど。
「…せっかく、作ってくれたんなら…見たい、です」
「……」
「お願い、します」
「…そんなにか」
「ウス」
「どうしてもか」
「ウス」
下唇を噛む跡部さんの目が、心なしか潤んでいる。
「跡部さんが作ってくれた物なら、何でも嬉しい、です」
「…そうかよ」
跡部さんはぎゅうと目を瞑ると、ポケットから何かを取り出し、テーブルに放り投げた。
「フェルトの…マスコット、ですか」
そう言えばここ一ヶ月くらい、跡部さんは日吉や忍足先輩と一緒に居ることが多かった。
二人とも家庭科は結構得意らしいから、教えてもらっていたのかもしれない。
すっぽりと手のひらに収まる小さなマスコットをしげしげと眺める。
…確かにあちこちから糸が飛び出して絡まっているし、正直上手とは言えない出来だ。
けれど、何と言うか、とても愛嬌のある顔をしている。
色々な角度から観察していると、向かいの跡部さんが大きな溜め息をついた。
「下っ手くそだろ。お前から見たら、尚更」
「そんなことない、です。凄く可愛いです…この、犬」
「…………ライオンだ」
「……」
「……」
「…すみま、せん」
「…いや」
「これ、貰っても…いい、ですか」
「駄目だ、そんなもんプレゼントにするわけにはいかねぇ」
「…じゃあ、プレゼントじゃなくて……跡部さんが、趣味で作った物を…俺が無理に、貰ったという…ことで」
「…そんなに欲しいか?んな、ボロボロの布の塊みてーなもんが」
「ウス。ボロボロなんかじゃ、ない、です」
そう言うと、跡部さんは暫く考えた後、窺うようにこちらを見上げて口を開いた。
「じゃあ…また、作り直すから、それまで持ってろ」
「ウ、ウス!…ありがとう、ございます」
「その代わりだ!」
途端、跡部さんはいつもの輝きを取り戻し、勢いよくソファから立ち上がりこちらに指を突きつける。
「今度、作り直す時はお前が俺様に指導しろ!いいな!」
「…ウス!」
大きく頷くと、跡部さんは満足げにソファへと腰を下ろした。
やっぱり元気な跡部さんを見るのが一番ほっとするなあと思いながら、跡部さんのカップに紅茶を注ぎ足した。
テーブルに乗せたライオンの頭を撫でながら、ぼんやりとこれまでの誕生日のことを思い出す。
「…今まで、跡部さんに色々…貰った、けど」
「アーン?」
「……一番、嬉しいかもしれない、です」
「…ふ、ふん、そんなのは作り直したやつ受け取ってから言うんだな」
「ウス。…楽しみ、です」
そう言って微笑むと、跡部さんの頬がまた赤くなる。
テーブルの上のライオンも、少し笑ったような気がした。
家庭科レベル
樺地>>>>>>>>ジロー>忍足、日吉≧滝>>>>岳人>>宍戸>鳳、跡部
くらい、という勝手なイメージ。ジローは寝ちゃうから教われない。
2010.1.3