何かが引っ掛かっている。
胸の奥か、脳の奥か。はたまたもっと別のどこかか、それは分からないが。
その「何か」に蓋をして、決してそれを知覚しないように押し止めている自分が居る。
知れば何かが変わってしまう気がした。
もしもの時、それに耐え得る何かを無くしてしまう気がした。
薄い布を掛けただけのような、風が吹けば飛んで顕になるような。
そんな距離にありながら、無意識にずれた布を掛け直し続けている。
掛け直す瞬間、布越しに触れる「それ」から、必死に目を逸らして。
「樺地」
俺を待っていたのだろう、大きな背中が振り返る。
「ウス」
その視線はいつもと同じように、優しく穏やかだ。
だが、俺を──俺の格好を見るなり、驚いたようにぱちりと目をしばたたかせた。
「ボタン、が」
「ああ」
だらしなく開いたブレザーの前身頃。
閉めようがないのだ。
「全部取られちまった」
そう言って笑えば、釣られたように厳つい顔も微笑んだ。
そんな物がなくたって大丈夫だと強がっていたくて、
でも、本当は。
そこで、ふと気付く。
もしかしたら。
そう思い、ブレザーの内ポケットに手を差し入れる。
あった。
急に懐を探りだした俺を不思議そうに見ていたそいつの腕をぐいと引っ張り、掌にそれを握り込ませた。
「?」
「やる」
ぶっきらぼうに言い放ち、背を向けて歩きだす。
数秒、間が空いて。
「ウス」
ようやく返事と、急ぐ足音が耳に届いた。
「大事に、します」
使われることのなかった、スペアのボタン。
誰の目にも留まらぬところで、誰にも気付かれぬまま──自身すら気付かぬまま、毎日を共に過ごした、綺麗なままの金色。
小さなボタンに、何かは知らない「それ」を籠めて。
お前がそれを大事にすると言うのなら、それだけで十分だ。
たとえまだ、籠められた「それ」に気付いていないとしても。
「行くぞ樺地」
「ウス」
冷たさの残る風が、まだ小さな蕾を揺らす。
まだいい、と、風にめくれた布をもう一度、掛け直した。
2009.3.14