震えている。
前が見えないのは涙のせいか。
目の前のその人が、口を開けたまま呆けている。
ああ、とんでもないことをしてしまったのだ。自分は。
とんでもないことを言ってしまったのだ。
好きだなんて。
さらりと言えばなんてことはない言葉なのに、日頃自分の口数が少ないばっかりに。
伝わってしまった。
ああ、どうしよう。
どうすればいいのか。
もう前なんて滲んで見えなくて、恐くて恐くて俯いた。
「ごめん、なさい」
「返事、しないで、ください」
「分かってます、から」
やっと搾り出した言葉はちゃんと届いただろうか。
小さすぎなかっただろうか。
答えは聞かなくても分かっている。
分かっているけど、はっきりと聞きたくない。
特にこの人の口からなんて。
「ごめんなさい」
ああ、こんなに情けない姿を晒して。
輝くその人に似合うわけがない。
今まで近くに居られただけで奇跡なのに、それさえも潰えたのだ。
たった今。
自分の手で。
「…分かった」
長く長く感じた静寂を裂き、その声が響いた。
久しぶりに聞く気さえする。
「じゃあ、何も言わねぇ」
ああ、やっぱり、この人は優しい。
きっぱりと拒むことだって、罵ることだって蔑むことだってできるのに、
この人は。
だから、自分は。
その人の足音が耳に届く。
せめてその後ろ姿だけでも、と、顔を上げた瞬間。
唇に何かが触れた。
次いで、ぼやけた視界に澄んだ青が見えた。
声は声にならず、息が詰まる。
「行くぞ、樺地」
金茶の髪が一度、はっきりと見えた。
滲んでいた世界が鮮やかに、止まったような気がした。
見ているのに見えず、聞いているのに聞こえず、動けない自分に、ようやく入って来たものは、
遠くで顔を赤くし、早く来いと叫ぶその人だった。
2008.12.14