ぼんやりと覚醒して行く意識の中、聞き慣れた声たちが耳に届いた。
──俺は……俺は、何をしていたんだったか…
ゆっくり目蓋を開けると、思わぬ距離によく見知った顔があって 思わず目を見開いた。
「あ」と小さな声を出し、慌てて顔を離したその人物はマイスイートハート樺地だった。
…これ、白雪姫じゃねーの?王子と七人の小人じゃねーの?185cmの小人も居るけどな。
俺様、樺地の……キ………ききききき、きッスで目覚めたんじゃねーの?
二人は結ばれないといけねえんじゃねーの?
よし婚姻届貰いに行くぞ樺地、と言おうとして、ふと違和感に気付いた。
何かがおかしい。
何かが…足りないのだ。
「……………!! 樺地、お前、その頭どうした!」
「気付くの遅ェ!」
「まあでも、起きたばっかりやししゃあないんちゃうの…」
「ウス」
「まさかあの一年坊主にやられたのか!?クソ、あの野郎…!誰に断って!!ライダーシューティングだ!!」
「ドレイク●゙クタ──―!!?」
「ちょ、跡部!銃刀法違反だって!!」
「うるせぇ!!離せ!!樺地に手出しやがって!!俺様だってまだなのに!!」
「いくらお前ん家に隠蔽するだけの力があるったって殺人はやべーよ!!」
「と言うか、あの一年なら返り討ちに遇いかねませんよ!!」
「もう、みんな…素直に 樺地が自分で剃ってたって教えてあげなよ」
「…その前に、そのトンボどっから出したのか訊いたらどうですか、あんたら…」
──「…樺地が自分で剃った?何でだ」
「ウ…、」
「跡部、鏡見るか?」
やっと収まった跡部の暴走にほっと胸を撫で下ろし、岳人が訊ねた。
「…ああ、一応見とくか…。ま、俺様はどんな姿になったって美し「はい鏡」
跡部の言葉を遮って滝が手鏡を渡す。
跡部は硬いベッドに腰掛けたまま鏡を受け取るが、それに映る自分の髪を見た途端首を傾げた。
「アーン?坊主っつったのに、これ…ただの短髪じゃねぇか。
しかしやっぱり俺様だな、どんな髪型も似合「あの一年は丸刈りにする気満々だったんだけどねー」
再び跡部の言葉を遮り、滝がくすくすと笑う。
「まったく…なあ。お前もよくやるぜ」
苦笑しながら宍戸が肩を叩くと、樺地はほんのり顔を赤くして俯いた。
「……?樺地が何だ?」
「ほら樺地、言うたれ」
にやにやと笑う忍足に背中を叩かれ、樺地はゆっくりと喋りだした。
「……あ…の、…自分も、剃るから…そのぶん、跡部さんの…髪を、」
「俺様の髪を…残せって?」
ウス、と小さく呟いて樺地が頷く。
「……………」
その声を聞き、跡部は目線を落とし黙り込んだ。
「しっかしあの一年、『アンタの髪じゃ足りない分はきっちり剃らせてもらいますからね!』とか言いやがってな」
「宍戸さん、今の 物真似のつもりですか!?全っ然似てなかったです!もう一回やってください!」
「てめっ…!!」
顔を真っ赤にした宍戸の拳が鳳の背中にめり込んだと同時に、跡部がようやく口を開いた。
「ふん、バーカ。俺様の髪とお前の髪が同じ扱いなわけがねーだろ」
「ウス…すみません」
「とは言え、そんな事させちまったのか…責任取らないといけねえな。よし……樺地、俺様が嫁に貰ってやる」
「い゛ぃ゛ぃ゛!?」
「え───!!?」
「ちょ、意味が分からん!何も分からん!!」
「…男同士なうえに18歳未満じゃないですか」
「冷静だねー日吉」
「……ウ…ウス……あ、跡部さんが…、よろしいんでしたら……」
「しかも受けた─────!!?」
「こ、こんな大勢居るとこでプロポーズしやがった……!!」
「…っ、樺地…!…幸せにするぜ!!」
「ウス、不束者ですが…」
「おめでとう跡部」
「何普通に祝福してんだよ滝!!」
「おめでとうございます跡部さん!樺地!」
「お前もか!!」
「あー…あ、跡部起きたの!?おはよー!」
皆が騒ぐ声に反応したのか、床に放置され眠っていた慈郎が飛び起き 声を上げた。
「お、やっと起きたか」
「ほんまよー寝るやっちゃ」
「聞いてくださいよジロー先輩!今、跡部さんが樺地にプロポーズしたんですよ!!」
「マジマジ!!?」
わざわざ言わなくても良いものを、よりによって噂を広めるのが上手い慈郎に喋ってしまった鳳が無言の集団リンチを受ける。
もっとも鳳が話さずともいずれは跡部本人が自慢げに言い触らすだろうし、
それ以前に跡部と樺地の噂は部外でも周知の事となっているので 今更と言えば今更なのだが。
「で!?で!?樺地、なんて返事したの!?」
「ハッ!即OKに決まってんじゃねーか!なあ樺地!」
「ウ…ウス!」
「マジスッゲー!!結婚式いつ!?」
「そうだな…ジューンブライドなんかロマンチックだが、ちょっと遠いな。樺地、お前はいつがいい」
「…ウ、ー…」
「だからあんたら、その前に法律クリア出来てないじゃないですか!」
「やめとけ若、ツッコむだけ体力の無駄だ…」
そう呟き、宍戸はげんなりと溜め息を吐いたのだった。常識人には苦労が絶えないのである。
「あ、そういえば跡部、覚えてない?」
「アーン?何をだ」
樺地を挟み、跡部と共に結婚式の催し物の話で盛り上がっていた慈郎が 唐突に問うが、跡部は何の事か分からず問い返す。
「やっぱり…まあ気絶してたしねー。忍足!携帯貸してっていうか貸せ」
「俺!?」
いきなり名指され大声を上げた忍足だったが、慈郎の眼光に怯み慌てて口をつぐむ。
「ど、どうぞ…」
「サンキュー!うわ、待ち受け綾波だ忍足キモいC!」
「うっさいわ高らかにCとか言うなやこのちんちくrあすんませんごめんなさいすみませんでした」
その場に居た皆、無駄に綺麗な土下座をする忍足は無視し、慈郎が言っていたのは何の事なのか思考を巡らせる。
そして、
「……あ!」
気付いてしまうのは、やはり何故か宍戸で。
「何か分かったか?宍戸」
「それはやめとけ!ジロー!!やめてください!!」
訊ねる岳人には応えず慈郎にタックルをかましに行った宍戸だったが、僅かに遅く。
「はい跡部」
「ん?」
「ああああああぁぁぁぁ」
「な!なんだ、これは…!」
ビターンと嫌な音がする横で、宍戸のタックルを躱した慈郎が微笑む。
「ほんと、起きてなかったのがもったいなかったぜー!
まあ起きててもこれで意識なくしたかもしれないけどさっ」
そう言ってにこにこと跡部に差し出した携帯のディスプレイには 樺地と、樺地に抱えられた跡部の姿があった。
「おま、これ……!…しょ、しょうがねぇなそこまで言うならこの画像今すぐ俺様の携帯に送れ」
「いいよー」
「あの、それ、俺の携帯なんやけdあごめんなさいごめんなさい」
ダブルの眼光に射られた忍足は震えながら岳人の背中に隠れた。しかし大分はみ出している。
そしてその岳人に真顔で腹に肘鉄砲を入れられるのは、この数秒後のことである。
「跡部が気絶したあと、樺地が運んでくれたんだぜ!」
「あ、あれだけ観客が居た中で…か…。しかも、これ…所謂……」
無事送られて来た画像を見つめながら、跡部は頬を染め手で口を覆う。
「お姫様抱っこですね!」
後ろから覗き込んでいた鳳がそう口にすると、跡部の顔は真っ赤を越えて紫になり、
人間から出るものではない音を立て そのまま後ろへばたりと倒れ込んだ。
「ウ…!!?」
「ぎゃーーー!跡部がショートしたーー!!」
「写真で気ィ失いやがった…!?」
「ちょ、この顔色はまずいやろ!」
「先生か誰か呼んで来ます!」
「恋の病だし、誰か呼んだところで治らないと思うよー」
「滝!!」
「ほら、こういう時には王子様のキスっていうしさー?」
「ウ…ウス///」
「お前もやろうとすんなーーー!!!」
跡部から復讐されるなどという事を考える余裕もなく、宍戸が思わず樺地の頭をはたいてしまった瞬間。
「くわぁ!!」
意識を取り戻した跡部は勢い良く起き上がり、その勢いで宍戸の鳩尾に頭突きをすることとなった。
「あ!跡部が持ち直した!」
「さすがキング!!」
「残念ですね跡部部長、もうちょっと気失ってたら樺地にキもがが「もうこれ以上余計なこと言うんじゃねぇ…!!」
瀕死の宍戸に頬が潰されんばかりの強さで口を塞がれ、鳳は慌てて頷いた。
「おい樺地…、さっき嫁に貰ってやるって言ったが撤回だ」
「ばぁう!?」
「……婿に来い。いいな!」
「……!ウ、ウス!」
「『跡部が嫁に行く』んやないのか…」
「何どーでもいいこと言ってんだよ侑士」
「……その前に、性別が……」
「ほんと諦め悪いねー、日吉」
「じゃあ結婚式のプランも練り直しだC!ワクワクしてきた!!」
「ジロー……、頼むから、そろそろ寝てくれねーか…」
またひとつ、宍戸が溜め息を零した。
そして岳人が現実逃避のため携帯のゲームを始めた時、軽いノックが二回響き部屋のドアが開いた。
「跡部は気が付いたか?」
「監督!」
部屋に入って来た榊太郎(43)は、跡部が問題なく慈郎と会話をしているのを視認して頷く。
ドアに一番近いところに居た日吉が 明らかに必要以上にドア(というか監督)から離れたことにはどうやら気付いていないようだ。
むしろ『私が入りやすいようにスペースを空けてくれたのだな、良い心配りだ』などと一人、生徒の愛に感銘を受けているようである。
「監督」
「どうした、跡部」
「急なんですが、自分達十月に挙式することになりました。是非監督にもお越し頂きたいのですが」
「ウス」
「そうか、おめでとう。予定を調整しておこう」
「ありがとうございます」
「詳しい事が決まったらまた教えてくれ」
「ウス」
「なっ…、何普通に納得してんだあのオッサン!!」
「ちょっとは疑問持てよ…!!」
そんな生徒達の呟きには耳を貸さず、太郎(43)はビシィっと例のポーズを決めて部屋から去って行った。
「…せめて、俺達だけでもしっかりツッコミ入れていかなきゃな…」
「いや、もう、俺らが頑張ったとこで無駄じゃねぇかなぁ…」
「…諦めちゃ駄目ですよ、先輩方…」
遠い目をする宍戸と岳人を、日吉はそっと励ました。
日吉のあんな優しい言葉を聞いたのは初めてだった、と後の岳人は語る。
──「しかし、なあ…。お前、いいのか?」
「ウス?」
皆が青学の試合を観に部屋を出た後。
跡部は自分と共に部屋に残ったままの樺地を見上げた。
「髪。からかわれるっつーか、何か言われるんじゃねぇか」
「…何を、ですか?」
少し考えるように視線を泳がせてから、跡部は答える。
「…俺様の身代わりにされたのに文句の一つも言えないような奴だとか」
「………」
「ただの都合のいい手下のくせに、俺様の機嫌取ってるだとか。
…そんなことねぇってのは分かってるが…言う奴も居るかもしれねーぞ」
そう話す跡部の顔は至って真剣だが、当の樺地には不安な表情は微塵も表れない。
「……別に…いい、です。自分が勝手にやったこと、ですから」
「…ならいいけどな」
「……それに、跡部さんが…そうじゃないって、分かってくれてたら…それで、十分です」
「!!……そ、そうかよ!……………ちょ、ちょっとこっち来い」
「? ウス」
また紫になるんじゃないかと心配しながらも、樺地は顔を赤くした跡部に近づく。
「座れ」
ポンと叩かれたベッドの端に腰掛けると、跡部の手がすっと延び、樺地の頭に触れた。
「ぞりぞりするな」
跡部は小さく笑いながら、ますます髪が短くなってしまった樺地の頭を撫でまわす。
「ウス。跡部さん、は…ふわふわ、ですね」
「!!」
そう言って跡部の髪を撫でると、跡部の顔が赤紫になったので樺地は慌てて手を離した。
「っ………樺地、新居探しに行くぞ!」
「ウ、ウス!」
火照った顔を冷ますように頭を振り、跡部は立ち上がって部屋を出た。
樺地も荷物を持ってそれに続く。
――その光景を、窓からこっそり覗いていた人影が七つ。
「こっづっくっりっしまっしょ!」
「侑士、1オクターブ低いぜ」
「ちょ、そこは『ハッ!』て合いの手入れてy「ハァ?」ハァ?やなくて!!」
「岳人お前、今の曲知ってんのか?」
「この間耳元で散々歌われたからな。原曲キーで。」
「…そうか、悪いこと訊いたな。頑張れよ」
「おう」
「新居どんなとこにすんだろ!すっげー気になる!!」
「お子さんの顔見るのが楽しみですね!男の子かな、女の子かな」
「そもそもどっちが産むんだろうねー」
「どっちが産むって、どっちも産めませんよ!」
「せやけど、樺地は産めそうな気がせんでもないなぁ……何かを」
「何産ます気ですか!!」
「どんなもの産んでも、あの二人ならちゃんと大切に育てるだろうから大丈夫だよ」
「知りませんよそんなこと!!…向日さんも宍戸さんも何か言ってくださいよ!」
「…や、もう…いいかな、って…」
「そうそう、俺らこんなにちっぽけだからな…」
「……ちっぽけ?…お前がちっぽけなら俺はどうなるんだよ!!」
「身長の話じゃねぇよ!!」
「………」
苦労人の役目が宍戸から日吉に引き渡された瞬間であった。
──一方、新居を探しに部屋を出た二人は。
「……!」
「ん?どうした樺地」
「青学の、試合……手塚さんの、試合が」
「!! そうだった、見に行くぞ樺地!」
「ウス!」
4000HITでリクエストを頂きました、Genius333のネタ(ギャグ)…のつもりだった、はず…なんですが…あれ?結婚ネタ?
跡部の残った髪の長さと 樺地の元の髪の長さが似てるような気がして、樺地の髪のぶん丸刈りを免除されたのではないかと思ったのでした。
2007.5.29