大きくて
広くて
あったかくて
耳をつけると
とくとく
脈うつ音がきこえるんだ

おれはその音が、響きが
大好きなんだ




昔から広かったその背中は今じゃますますでかくなって、あの頃より随分成長したはずの俺の体さえもいとも容易く受けとめる。
けれどもその温かさと優しさは昔と変わらぬままで、頭を預けるとほっとする。
耳を通じて伝わる心音は力強くも子守歌のよう。

『おれ、樺地のせなか好きだな』
『?』
『大きくてあったかい。おとうさんみたいだ』
『うす』
『だれにもやるなよ!樺地のせなかはおれさまのだからな!』
『うす!』
…微笑んで返事をしたその約束は、今のところ守られているらしい。



けれどここのところ、その背中に寄り掛かるたびに違和感を感じるようになっていた。
落ち着くのは確かだが、それと同じ…もしくはそれ以上に、頭痛のような眩暈のような。
そんなものを伴った息苦しさが襲う。

離れたい、
離れたくない、
どっちなのかよく分からないまま、昔と同じように太い首にじゃれつく。
震える腕を、逸る鼓動を抑えながら。


「なあ」
「ウス?」
ずっとずっと変わらないその返事。
けれど、声はますます低く。
響く。


「覚えてるか?前、俺様がフェンス登ろうとして」
「…落ちてしまった、時ですか?」
「ああ」
何年前だったかもう忘れちまったが、確か赤い木の葉が落ちる時期。
宍戸にからかわれて追っ掛けてて、あいつの真似してフェンスをよじ登ろうとして落ちたことがあった。
…別に、あいつより鈍臭かったわけじゃねえ。断じてねえ。
ただあいつと違って俺様は品が良いから、そんなことをするのが初めてだったのと、履いてた靴が悪かった。そんだけだ。
大した高さじゃなかったから 足を挫くようなことはなかったが、膝下を擦り剥いてしまった。

──あの時も。
この大きな背中に負われて。

「大丈夫だっつーのに、お前」
「でも…血が、出てたので」
「ま、結構痛かったけどな」
小さく笑いながら答えると、それに釣られて目の前の頭も笑い揺れる。

昔はなかった甘さ。
トレーナーを軽く掴んだ指先が震えた。


「…跡部さん」
いつものように平静なふりして、なんだ、と答えようとした。
しかしそれは叶わず、頭を強く打ち付けたかのような衝撃と共に、全ての思考は停止した。
「すみません」
そう言って、樺地は振り返って、俺の肩に手を掛けた。

──それだけで熱くなるというのに。

「久しぶりに、やってみたかったので」
そのごつい手の持ち主が 俺の後ろへ移動する。
そして、その体重はゆっくりと俺の背中に寄り掛かってきた。

『じゃあ、交替な!』
『うす?』
『こんどは樺地がおれさまのせなかにもたれろ』
そう言って背中に乗せた温もりは遠慮がちで、もたれるなんて言葉にはほど遠く。
何度請うても、ただ困ったように返事をするだけだった。

なのに、今。

背中にあるそれはあの時よりずっと大きく強い。
ただ言葉通りに大きくなっただけなのか、──それとも。

そんな考えもやがて熱さに飲み込まれ、じりじりとした痛みが襲う。
息が詰まる。
涙が滲み、視界はただぼんやりとした色へと変わって行った。

──お前は辛くないのか。
──俺だけなのか?
叫びだしそうになる唇を噛み、己の体に軽く回された太い腕を引っ掴んで身を離した。
「悪、い、…もう、」
頭のなかは混乱して、ただただ赤く掻き回される。
泣きたいような熱さと、言葉さえろくに紡げない唇。
こんな情けない顔を見られないよう、きっと俺を心配そうに見ているであろうその顔を、見ないように背を向けた。



──だれにもやるなよ、樺地のせなかはおれさまのだからな


痛みの正体なんて、本当はとっくに気付いてた。
ただ見ないように、目を逸らして歩いていただけ。
誰にも渡したくないのは背中だけじゃないと気付いた時、どうしようもなく怖くなった。
いつだってこいつに頼っていたのに、一人じゃ決められないような事は全部こいつに相談していたのに
何よりも、こいつに相談出来ない悩みを抱えてしまったのだから。


「…樺地」

助けてくれ、と云う前に、ひとつ涙が落ちた。



──気付きたくなかった、こんなもの。
















捏☆造☆満☆載! ほっといてくれ…

2007.3.1