「ちょっと屈め」

二人で跡部さんの部屋のソファに腰掛けて本を読んでいたら突然そう言われた。
何だろう?と思いながら、けれどこんな風にいきなり主旨の分からない命令をされるのはよくある事なので、素直に返事をして従った。

トンと軽く跡部さんの手が肩に乗る。
思わずそちらに目を向けた瞬間、ふと顔を寄せた跡部さんの唇が頬に触れた。
右頬、次いで左頬に。
小さな音を立ててされた行為の意味が分からず数回瞬く。
決して嫌だったわけではないけれど、驚いてしまったのだ。
幼い頃からの付き合いだから二人でお風呂に入ったことも一緒に眠ったこともあるし、
その頃の名残か軽いスキンシップのようなものは今でもよくある。
でも、頬とはいえさすがにキスをされたのは初めてだったから。

「…ほら、よく、あるだろ?外国では」
そのまま暫らくぽかんとしていた俺に、跡部さんが慌てたように説明する。
「家族とか友人とかに、挨拶代わりのキス、するだろ?」
ああ…確かに、日本には無い習慣だけれど、テレビなんかで見る外国のお家ではよくやっている。
…いや、それでも 男同士でやっているのはあまり見ないような気もするが…。

「ウス。…でも、何で急に」
「思い立ったからやってみただけだ。…昔から、少しやってみたかったしな」
跡部さんはそう言ってぷいと顔を背けると、その視線はベッドに置いていた本へと再び戻って行ってしまった。

この人はどちらかと言えば欧風育ちだし、幼い頃は親御さん達から頬にキスされて育ったのかもしれない。
昔からやってみたかったというのは、されるのではなく自分からしてみたかったということだろうか?
…どういう意図にせよ、ただの興味本位だったとしても、頬へのキスは親愛の情を表すものだ。
跡部さんはそういった意味を忘れてまで興味に走る人ではないし、それを俺に向けてくれたというのは少し嬉しい。

「…跡部さん」
首を捻ってこちらを向き、「アーン?」と言おうとしたのか口を小さく開いた状態で 目の前の跡部さんが固まる。
その肩にそっと手を添えて、白く柔らかな両頬に小さくキスを落とした。

──が、顔と身体を離しても こちらを見上げぽかんと口を開けたその人は動かぬまま。
「……、跡部、さ「ぬおおおぉぉぉお!!!!!!」
気に障ったかな、と声を掛けた途端、跡部さんは吹き飛ぶように物凄いスピードで後ろへとあとずさった。
「な…なななななななんだ!?」
「…すみません、嫌、でしたか」
「いいい嫌じゃねぇよ!何だ急に!!」
跡部さんは頬に手を当ててそう叫ぶ。

嫌じゃないとは言ってくれたけど、やっぱり失礼だったかもしれない。
いきなりしてしまったことは勿論、…この人に親愛を表すことも。

「…すみま、せん…」
そう言って頭を下げると、小さな舌打ちと共に跡部さんの手が乗った。
「…何、謝ってんだよ」
「あの…、驚かせて、しまったので…」
「まあそりゃそうだが…」
その弱い語尾と共に溜め息が漏れるのが分かる。
それと同時に頭に触れていた手が離れていった。

「それ、に…親愛、じゃなくて、尊敬…を」
顔を上げて呟くと、目の前の青い瞳がぱちぱちと瞬いた。
「なん…だよ、それ。…俺はお前のこと、家族みてぇに思ってるのに…、お前は違うのか?」
次第に歪められる眉と口元に、慌てて否定の言葉を探す。
「あ…あの、そういう意味、じゃ…」
「…うるせぇ」
けれどそれは伝わらず、跡部さんは 声を荒げ俺を突き飛ばした。

「跡部、さん」
僅かによろける身体を支え、部屋から出て行こうとする跡部さんの腕をとる。
「離、せっ………?」
俺の手を振り払おうとするその人の足元へ跪くと、そっと手の甲へ口付けた。


親しく思ってくれるのはとても嬉しい。

けれどそれは光栄なことであって、決して自惚れてはいけないものだと思っている。
だから押し止めているこの気持ちも、
この人に抱くものは親愛ではなく信愛でなければいけない。
いつか消えてなくなるまで

唇を離し跡部さんの手を下ろすと、元来切れ長の目を真ん丸に見開いたその人はますます顔を赤くし へなへなと床へ座り込んだ。
更に機嫌を損ねてしまったようではないのでほっとしたが、また驚かせてしまっただろうかと慌ててしゃがみ込む。
「…あの、」
「う、るせぇ…」
覗き込んだ跡部さんの口元から発される言葉は迫力を失い、ただ空気に溶けてゆくだけだった。
















だからほのぼのなのか甘いのかギャグなのかシリアスなのかはっきりしろ…!!
また鈍感ゆえに酷い樺地になりそうだったんですが、一応はっきり両想いに終わりました。
どうでもいいが一発変換が「亮思い」だったよ。それは鳳だよ。

信愛…信仰と愛  手の甲へのキス…尊敬
跡部と樺地はお互い信愛だといいな。跡部→樺地は「信用してかわいがること」の意が強い感じで。そして深愛。

2007.1.20