一月三日。


だだっぴろいホールにはキラキラと輝くものばかりが溢れている。
しかし、その部屋には広さに釣り合わない人数しか集っていない。
その数たったの9人。
けれどもそれはこの集いのメインである樺地にとってはとても満足のいく人数だった。
…この場所を提供した跡部は むしろ二人きりがよかったと心中で呟いているのだが。

さて、この集いは一体何なのか。
それは今日、三が日最終日に誕生日を迎えた樺地のためのパーティーである。
集まっているのは跡部を筆頭にした三年生、元テニス部の面々。そして樺地を含む二年生が三人。
各々仲は良いのだが、三年引退以来このメンバーが全員揃うのは滅多に無かったことなので
そういった意味でもこの集いは良い機会となった。


しかし何故場所や食事諸々を提供した跡部の希望が通らず 跡部と樺地二人きりでの祝いではないのかと言えば、
それもまたひとえに樺地のためである。
遡ること一週間ほど前。

「そういや、樺地もうすぐ誕生日だよな?」
「ウス」
「そっか、みんなでパーティーでもやろうか!」
「俺いっつも運んでもらってるCー、樺地にはプレゼント奮発しちゃうもんね!」
「ア゙ァァァアアアン?!駄目だ駄目だ!!!当日は俺と二人きりで祝うって決まってんだ!!」
「なんや、また独り占めかいな」
「…思いっきり誕生日間違えてたくせに。恥ずかC」
「な、っ!う、うるせえ!!帳消しにするために今まで以上の規模で祝ってやるんだよ!!」
「あれ以上の規模って…。…どんだけですか…」
「…というか、二人っきりは樺地の身が危ないと思うねー」
「そうだな…下手したら……ああ考えたくねぇ」
「そうだぜ!な、樺地、お前は別に俺らが居たっていいだろ?」
「ウス」
「な!…おい樺地、どういうつもり…!」
「ええやんええやん。本人がこない言うとるんやから跡部が口出すとこちゃうで」
「うるせぇこの伊達!!!!」
「ひでぶ!」
「侑士────!!」

…というような会話があったのだ。
ちなみにその際忍足の眼鏡が吹っ飛び、レンズは無残に砕け散った。
樺地へのプレゼント代で財布の中がカツカツになってしまった忍足は
現在フレームのみ──ノンフレーム眼鏡なので実際はつるのみ──を耳に掛けている状態である。
いっそ外せよ、と誰もが思ったが その無駄に真面目な横顔にツッコミを入れられる猛者は居なかった。

そんな皆の言動から分かるように 樺地は誰からも愛されている。
特に跡部からの愛は友情の枠を軽く飛び越えているのだが、純粋で鈍感な樺地はそれに気付いておらず
それ故に跡部がしょんぼりすることしばしばである。


「これマジマジうっめー!!」
「マジ!?どこにあったんだそれ?」
「えっとねーあっちの方!」
今、このホールではバイキング形式の立食会が行なわれている。
料理はどれも豪華で量もたっぷりとある。しかし食べ盛り九人が揃えばなんてことはないのか、徐々にどの皿も底が見え始めている。
…高いものを食べ慣れていない数名はこの後胃もたれに苛まれることになるのだが。

「なあ若、お前は何にしたんだ?プレゼント」
「ああ…お香ですよ。あんたは何にしたんですか」
「俺は肩叩き券」
「……お金無かったんですね。まああいつ散々こき使われてるし、いいと思いますけど」
樺地への献納の儀…もとい、プレゼント進呈はこの後場所を移動して行なわれる。
各自持ち寄ったプレゼントの話に花が咲く。──勿論、開ける楽しみを無くさないよう 本人には聞こえないところで。

その当の本人はと言うと、今は牛丼を手に持ったまま鳳と話している。
このホールに牛丼、というのは少し違和感があるが、実はこれも高級牛を使った豪華なものである。
勿論樺地のためだけに跡部が用意させたものだ。
しかしうっかりそれを大量に胃に収めてしまった忍足は、怒り狂った跡部にとうとう眼鏡のつるまでボキボキにされた。

「今晩はどうするの?樺地」
「…跡部さんが、泊まって行けって…言うから…」
「そっか。頑張ってね!」
「?」

豪勢な食事だが、実はまだ午前中。太陽もまだ低い位置にある。
昨日、跡部は泊まりに来いと樺地に命じた。普段ならすぐさまいつもの返事が返ってくるところ。
…しかし、樺地家は全員で親戚の家へ出掛けていたためその誘いは断られてしまったのだ。
樺地から誘われるのを待っていたが、こんなことならもっと早くから先約を取り付けておくべきだった…と
その日跡部は一日中落ち込みに落ち込み泣き濡れた。
けれどもそんなことで挫けるキングではない。
跡部は23:50頃樺地に電話を掛けると、日付が三日に変わった0:00ジャストに祝辞を述べたのだ。
ありがとうございますという樺地の返事と、誰よりも早く、一番におめでとうと伝えられたことに満足した跡部の顔は
つい先程まで泣き濡れていたとは到底思えない、輝かんばかりの満面の笑顔に変わっていたという。(執事談)
そして今朝、親戚の家から戻った樺地はそのままこのパーティーに出席しているわけである。


「樺地が鳳に取られてるねー。いいの?跡部」
「うるせぇ」
一方跡部の隣には、テーブルに腕を置き いつものポーズの滝。
テーブルは腰あたりの高さしかないため、かなり不自然な格好になってしまっているがそこは気にしてはいけない。
「まだ怒ってるんだ?」
「…別に…怒ってねえよ」
「へぇー?」

言葉通り、跡部は怒ってはいなかった。
けれども何かが引っ掛かったまま取れていないのは確かで。
──こいつらが居たっていいと言ったんだ、樺地は。
俺と二人で、とか少しは考えないのか?
一週間前の岳人の言葉と、それに対する樺地の相槌を反芻する。
滝の言う『まだ』もまたこのことを指していた。

──俺に、俺だけに祝われたいとか。
おめでとうと愛してるを喉が枯れるまで言われたいとか。
ぎゅうぎゅうに抱き合って窒息したいとか。
生クリーム乗せて舐めたいとか舐められたいとか。
そういうことを何故思わねぇ!!!

そんなこと誰も思わねえよ!と。
もし宍戸か岳人か日吉あたりが跡部の心を読むことが出来たなら、迷わずそうツッコんだであろう。
しかし残念ながらインサイトは当の跡部にしか出来ないのだ。

──俺より家族と親戚の方が大事だってのか?
…ハッ、まさか…女か?!親戚に好みな女でも居んのかあの野郎!!まあ俺様より美しい女なんざ居ないがな!
クソ、昨日どこに行ってたか、そこに年の若い女が居るか…みっちり調べさせなきゃならねえ!!
もしもそんな奴が居るなら、うちの知り合いと見合いでもさせて無理矢理くっつけちまえばいい。
大企業の息子っつったらすぐ目が眩むだろうしな!
フフ…フフフ、ファーッハッハッハッハ!!!

いきなり大声で笑いだした跡部に、その場に居た全員の肩がビクつく。
しかし皆 そんな跡部に慣れてしまったのか、驚いた顔はすぐに呆れの色に変わったのだが。




太陽が空の真ん中近くまで昇った頃。メンバーは移動し、跡部の部屋に集まっていた。
「本当無駄に広いよな、一人部屋なのに」
「飾りも無駄なもんばっかじゃん」
無駄無駄と連発する宍戸と岳人。
これは決して僻みではなく、心の底から出た感想だった。
「ハッ、これだから庶民は。そこにある置物は一千万する。壊すなよ」
「「ヒィィィィ!!!」」
物凄い勢いであとずさった二人だが、背をついた壁には。
「その絵は三千万だ」
「「ギャァァァァァァ!!!」」
「…あんな絵俺でも描けそうだC」
「なー。ほんま何でそんな価値があるんか分からんわ」

が、しかし。
大半のメンバーは部屋の豪華さよりももっと気になることがあった。
そしてほとんどの者が口に出すのを憚っていたのだが、
「なんかベッドが一段と派手ですね!」
それをぶち破ってずけずけと入り込んだのが天然、鳳である。
「てめっ、触るな!俺様がどれだけ気合い入れてベッドメイクしたと思ってやがる!!」
「あ、すみません!…今日使うんですか?頑張ってくださいね跡部元部長!」
「…ああ。分かってるじゃねーの鳳」
何だか嫌なその会話に皆の表情が沈む。
もっとも、会話の内容に一番関係がある樺地のみは首を傾げているのだけれど。
「やるねー」
「…すみません俺もうプレゼント渡して帰っていいですか」


ようやく本来の目的を思い出したメンバーは 樺地に向けて一斉に各自用意したプレゼントを差し出した。
「これ俺からな」
「いつもありがとう」
「おめでとー樺地!」
等々、等々。
皆から投げ掛けられる言葉はとても温かく、樺地は嬉しく感じ素直に礼を言った。

…しかし、それを良く思わない人物が一人。
跡部景吾様だ。
泣く子も黙って立ち上がりバク転するほどの鋭い眼差し。

──おめでとうだとか。いつもありがとうだとか。
俺がなかなか言えないその一言を、お前らは簡単に言えるんだな。
もし俺が跡部景吾じゃなければ 俺も言えたのだろうか?

「! あ、跡部!お前も何かあるんだろ!」
跡部の険しい表情に気付いた宍戸が慌てて跡部を樺地の前に押し出す。
「あ、ああ」
跡部はぎこちなく返事をすると、ズボンのポケットに手を入れて 何かをするすると引っ張り出した。
「……リボ、ン?」
出てきたものは長く、可愛らしいピンクのリボン。

え、プレゼントそれだけ?
つーかラッピングのみ?
クエスチョンマークを飛ばしまくる皆をよそに、跡部はリボンの両端を摘み樺地に声を掛ける。
「樺地、屈め」
樺地も 何だろう?という顔で跡部の命令に従う。
未だ僅かに口元を歪めたままの跡部はリボンを樺地の首に掛け、軽く結び上げるとそれを蝶々結びにした。
「?」
リボンを結わえ付けられた樺地はきょとんと跡部を見下ろす。

「え、…いやいやいや、ちょっと待ちい!」
「アーン?」
「それどう見てもお前が誕生日に樺地貰ったみたいやん!今日は樺地の誕生日やのに…」
「本当に馬鹿だなお前、天才なのはテニスだけか。
この姿を見ろ。…めちゃくちゃ可愛いだろうが!だからこの勢いであれやこれや俺の全てをくれてやろうと」
「ギャ─────!!!」
「それ、あげる って言わへんよ!奪うの間違いやで!!」
「逃げろ樺地──────!!!」

一斉に騒ぎ始めたメンバーを見て、ますます訳が分からなくなりおろおろする樺地。
それを守るように 数人が跡部に立ちはだかるが、
「…というわけだ。お前らは今すぐ出て行け。」
今まで見たこともないような跡部の壮絶な微笑みに ただならぬ殺気を感じたメンバーは、皆慌てて部屋を飛び出した。

宍戸は ごめん、ごめんな樺地!と思いながら。
岳人は お前のことは大事だけど、やっぱり一番は自分の身なんだ!と思いながら。
忍足は 今は辛いかもしれんけど、跡部ならきっと幸せにしてくれるで!と思いながら。
鳳は 跡部元部長頑張ってください!俺も宍戸さんと頑張ります!と誓いながら。
日吉は あんな人をライバル視していたのかと落胆しながら。
滝は やるねーと呟きながら。
慈郎は寝ながら。
ただひたすらに走った。


ばたばたという騒がしい足音が消えた頃、一向に口を開かない跡部に樺地が話し掛けた。
「…あの」
跡部はちらりと目線で返事をする。
「皆さん…帰ったんですか?」
「…もういいだろ」
「?」
「別に俺と二人で構わねぇだろって訊いてんだよ!」
「…ウ…ウス」
よく分からない、という顔で肯定する樺地に苛立ちが募る。

──こいつは何も分かっちゃいないんだ。 それはすげぇむかつく。けど、怒鳴ったところでどうにもなりゃしねえんだから。

跡部は小さく深呼吸すると再び口を開いた。
「…お前はあいつらと祝う方が良かったのか?」
「え…あ、皆、せっかく集まってくれた…ので」
なかなか要点を得ない樺地にいらつきが増す。

──どう言えばいい?どう伝えりゃいいんだ。

焦れる跡部の足元のボアスリッパが床を叩く。
そんな跡部を見つめたまま、樺地は少し躊躇いつつ声を出した。
「……でも…跡部さん、年始で忙しいと思うのに…準備してくれて…嬉しい、です」
その小さな言葉と樺地の表情に 跡部は目を見開く。
分かりにくい変化ではあるが、確かに樺地が笑ったから。
「あの、だから…まさか、昨日呼ばれるなんて、思ってなくて。…すみませんでした」

──ったく、こいつは勘がいいのか悪いのかよく分からねえ。
俺がお前の誕生日より正月行事ごときを優先するわけがないのに。
……ああくそ、なんか少し安心したじゃねーか!

大きな溜め息を吐きながら、跡部はベッドへと飛び込むように倒れこんだ。
せっかく整えたシーツも綺麗に並べたクッションもぐちゃぐちゃにして。
「…ま、今年はこれで許してやるけどな。来年はちゃんと二日から空けとけよ」
「ウ、ウス!」

──何なら元日からでも、大晦日から二人で年越しするのでも、クリスマスイブからずーっと泊まるんでも構わないんだぜ!
跡部は心の中でそう叫びながらごろごろと転がり 掛け布団と一体化していく。

するとその隣、ベッドの縁に樺地が腰掛けた。
──!! こ、これは…あれか…?こいつもやっとその気になったのか!?
慌てて飛び起きた跡部(掛け布団ぐるぐる巻き)は期待の眼差しで樺地を見上げる。

──俺はいつだって構わないぜ!来い樺地…!
跡部はきらきらと輝く瞳で電波を発信するが、
「…あの、寝るにはまだ早いと…」
…残念ながら樺地には届かなかったらしい。
がっくりと肩を落とした跡部だが、まあ、まだ良いか と苦笑しながら思ったのだった。

そしてその晩、花火を打ち上げた時の樺地の言葉に 跡部の心は再び舞い上がることになるのだ。


「また来年も、良かったら、一緒に…」







****************

一方、追い出された七人はというと。
街路樹と共に風に吹かれながら、時折ジャンプした岳人が風に煽られ吹っ飛びそうになりながら、皆で歩道を歩いていた。

「…なあ、そう言えば」
「……な。」
「何しに行ったんだよ俺達…」
「ご飯食べに、じゃない?」
「まあ俺と日吉は明日部活で会えるんだし、その時……あ、明日は休みかなぁ樺地」
「や、やめろ!!妙なこと言うな!!」

…樺地に渡すはずだったプレゼント達を、その手に持ったまま。
















タイトルがバレンタインぽいですね(笑)
ギャグにするつもりだったのに何この中途半端。
あれ(※かばじいつもありがとう)以上の規模のものなんて浮かばなかった…あんなとんでもオフィシャルに勝てるわけがない!
跡部さんがへたれでアホの子ですみません。結局ベッドは純粋に眠るためだけに使われます。(笑)
おめっとう樺地!!

2007.1.3(2009.04.10修正)