世間はクリスマスイブ。
別にキリスト教徒ではないが、うちにも小さなツリーが飾られている。
それを見て妹は喜んでいるし、街を行くカップルたちは嬉しそうに歩いているから これはこれで意義ある日だと思う。
けれど冬休みにも入り、特別共に出掛ける人も居ない俺は特に予定もなかった。
妹と小さなブーツに入ったお菓子の詰め合せでも買いに行こうかなと思っていたくらいだ。
けれど朝遅めに起きて軽く食事をとり終えた頃、急に電話が鳴った。
今から行くから支度しろ、とだけ言って、俺の返事も聞かぬまますぐに切れた電話。
声の主は良く知るあの人だった。
「よう」
チャイムの音にドアを開ければ、鼻の頭を赤くした跡部さんが立っていた。
マフラーで顎のあたりまで埋まってしまっている。
てっきりお家の車で来ると思ったのだが。
「歩いて来たんですか?」
「ああ」
「寒く、ありませんでしたか…?良かったら、あがってください」
「いや、いい。お前も来い」
どこに?と尋ねる間もなく家から引きずり出されてしまった。
こんな寒い中どこに行くんだろうか。
二人無言で歩く姿は少し不思議かもしれない。
そのまま暫らくついて行くと 次第に景色は変わり、
気付けばキラキラと光るイルミネーションに彩られた商店街へ足を踏み入れていた。
ちらほらと手を繋ぐ男女が見える。
そこで、少し不思議に思った。
跡部さんはイブに彼女とデートしたいとは思わないのだろうか?
跡部さんはもてるけど、俺の知っている限りでは今まで彼女をつくったことはない。
賢い人だから 必要のない人間と無闇に付き合うような、
ましてイブに共に過ごすために恋人をつくるようなことはしないのも分かる。
けれども。
けれども、あれだけたくさんの人達の中に、ふさわしい人は本当に一人も居なかったんだろうか?
「あの…」
「ん?」
俺の声に、跡部さんは立ち止まり振り返る。
その動作は見慣れているけれどやっぱり格好いい。
「跡部さんは、彼女とか…欲しくないんですか」
そう問い掛けると、跡部さんは目を見開いたのち、顔を伏せて大きな溜め息をついた。
「…ほんとひでぇな、お前」
「?」
何かを呟いたみたいだけれど、よく聞き取れなかった。思わず首を傾げる。
でも跡部さんはそれには応えず、いや、と首を振って俺の顔を見上げた。
「じゃあお前は欲しいのか?」
「あ…いえ…。特に、必要だとも…感じないので」
そう答えると跡部さんは顔を俯け、口端が僅かに上がった。そこから白い息が飛んで行く。
「…俺は、付き合いたいぜ?」
跡部さんはくるりと向きを変えると、先程向かっていた方向へ再び歩き出した。
「本当に必要で馬鹿みてぇに好きで、そいつが居なきゃ生きていけないって奴と」
目の前でベージュのマフラーが踊る。
「…早く、見つかるといいですね」
心からそう願った。
この時はまだ、僅かに胸に引っ掛かるものに気付かないまま。
──が。
跡部さんはカッ!と足音を立てて勢い良く振り返ると、
「お前、ほんっとに最低な奴だな!!」
と顔を真っ赤にして叫んだのだった。
道行く人達の視線が俺に突き刺さる中、跡部さんは早足で歩き始めてしまう。
慌てて先を行く跡部さんを追い、訳も分からないまま謝ると
跡部さんは俺をジロリと見て、少し先にあるカフェを指差した。
そこに入ろうという意味だろうか。
さっさと店内に入って行く跡部さんのあとをおどおどとついて行き、
珈琲をふたつ頼んで椅子に座った。
どうして跡部さんを怒らせてしまったんだろう、と自分の言動を思い起こして思考を巡らせる。
彼女が居ないことを馬鹿にしたわけではないし、第一俺自身にだって居ないのだからこれは違うだろう。
…それとも、すでに好きな人が?とも思ったが、そうならそうと訂正すれば良いだけの話であって、怒るほどのことではない。
何故だろうと頭を捻りながら、ちらりと跡部さんの様子を窺う。
ミルクと砂糖を入れ、ティースプーンでくるくると珈琲を掻き混ぜる姿は絵になるな、と少し見惚れた。
──その眉間に深く寄る皺が少しミスマッチだけれど。
「おい」
「ウ、ウス」
青い目だけがこちらを向き、じっと見つめている。
何を言われるのかと身構えていると、
「今日俺の家に泊まれ」
と、少し意外な言葉が投げ掛けられた。
「…ウ、ス。あ、でも、一応母さんに、訊いてみないと」
「俺から連絡しとく」
「ウス…」
小さく頷くと、跡部さんの眉間の皺が少し緩んだ気がした。
跡部さんは珈琲を飲み干すと、カップをソーサーに置いて 椅子の背もたれに体重を掛けた。
俺も早く自分のぶんを飲んでしまなければ、と少し急ぐ。
「…クリスマスプレゼント」
「?」
「買ってやるから、考えろ。見に行くぞ」
跡部さんは乱暴にそう言うと席を立った。
「え、あ、そんな…悪いです」
「うるせえ、俺がやるっつってんだから黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ」
また跡部さんの眉毛が吊り上がってしまった。
跡部さんが見に行くと言うと、俺からしたら少し高いお店になってしまう。
そんな物を貰うのは正直気が引けるのだが…ここは素直に従っておくべきなのかもしれない。
「…ウス…じゃあ、俺からも、何か贈らせて…あ、でも、あんまり高い物は…買えないですけど」
跡部さんを見上げてそう答えると、吊り上がっていた眉毛は下がり、代わりに口角が上がった。
「…ああ、十分だ。どこに行く?」
最後の一口を飲み干し、カップを置いて俺も席を立つ。
店を出て、跡部さんの顔がどことなく嬉しそうなことにほっとした。
先程怒っていたのは何だったんだろう?
よく分からない人だなあと思いながらも、何だか俺も嬉しくなって笑っていた。
こうして跡部さんも俺も楽しく過ごせるのなら、当分彼女なんていらないのかもしれないな、と思った。
樺地酷い…(笑)
2006.12.24