出会ってから何年が過ぎただろうか。
幼稚舎で出会い、中等部、高等部へ進み、別々の大学に行き、今に至る。
長い月日が流れた。
けれども跡部さんと俺は離れていない。
今は所謂同棲生活にある。
仕事の時間が合わなくてまともに会えない日もあるが、
たとえ相手が先に寝てしまっていても 毎日顔が見られるというのは嬉しいものだ。
表向きは昔のまま「おかしなくらい仲良しな元先輩後輩」で通っている。
…年齢的にそれもそろそろ限界かも知れないが。
真相を知る人達には何度も咎められたし止められた。
俺たちのことを思ってのことだったのだろうけれど、それでもそれは二人にとっては苦痛にしかならなかった。
俺のことはいい。
でも跡部さんのことを、跡部さんが決めたことを悪く言わないでほしい。
いつも中途半端にやり過ごしていたが 一度だけ、そう言ったら 非難は嘘のようにぱたりと止んだのだった。
それだけではない、二人の間でも色んなことがあった。
年齢差のせいで長い間会えないこともあった。
喧嘩だってした。
それでも今、こうして二人で居られている。
嘘のように幸せなことだ。
だから絶対に離すつもりはない。
勿論、跡部さんが俺を嫌えば話は別だけれど。
今日は二人、ジロー先輩夫婦の家に遊びに行った。
先日子供が産まれたというのでそのお祝いだ。
赤ちゃんは女の子だった。どちらかと言えば奥さん似だろうか。
とても小さくて可愛く、ジロー先輩が娘溺愛パパへと変貌を遂げた気持ちもよく分かる。
キッチンで紅茶を淹れ、テーブルへ戻ると ソファに座る跡部さんが浮かない顔をしていることに気付いた。
「…どうか、しましたか」
紅茶を置き向かいのソファに座る。
「いや…」
跡部さんはカップに手を伸ばし、紅茶を一口含む。
いや、とは言ったがとてもそうとは見えない。
何か気に障っただろうかと不安になる。心当たりはないのだが。
跡部さんはカップをテーブルに戻すと、視線を落としたままゆっくりと口を開いた。
「…お前、」
数拍 間が開くが 続く言葉を遮らないよう、軽く頷くに止める。
「俺が女だったらって思うか?」
跡部さんが視線を上げ、俺のそれとぶつかる。
問いはあまりにも唐突で、こう言うと悪いかも知れないけれど 何を今更、という印象を受けた。
「いえ。…跡部さんは…会った時から、男の人でしたし」
…それはそうだ、と自分で自分の言葉の拙さに笑う。
当たり前な問いに当たり前な答えしか返せなかった。
でもそれは紛れもない事実だし、それでも俺はこの人を好きになったのだ。
それで十分ではないのだろうか。…そう思っているのは俺だけなのか?と、少し不安になる。
「まあ…そりゃそうだがな。もしもの話だ」
もしも、なんていう言葉をこの人から聞くとは思わなかったので少し驚いた。
普段はそんな有りもしない話をして何になる、と突っぱねて笑う人なのに。
「…もし、跡部さんが女の人だったら…それは跡部さんじゃない気もする、ので…分かりません」
もしもの問いというのは難しいものだ。
もし跡部さんが女性だったら、そもそも俺と出会うこともなかったかもしれない。
少なくとも同じテニス部には入れなかっただろうし。
そんなことに思いを巡らせていると、跡部さんが小さく溜め息を吐き口を開いた。
「…でも…やっぱり俺は、お前と、子供の名前考えたり服選んだり…したかった な」
──ああ。やっと合点がいった。
確かに、跡部さんとの間に子供が居たらきっと幸せだろう。
けれど無理なことを考えたって仕方がない。
そう言おうかとしたが、伏せられた目が本当に寂しげで声が掛けられなかった。
暫し逡巡し口を開く。
「…跡部さんは、俺が女だったらって考えたこと、ありますか」
顔を上げた跡部さんの目が点になる。
…それもそうだろう。平均以上の体格の俺が女だったら、なんて。
「…ねぇ、な」
「俺も、それと同じ気持ちです。跡部さんが女性だったら、なんて考えられません」
そう答えると、まだ納得がいかないのか 跡部さんは少し顔を顰める。
しかしそれもすぐに緩み、温くなっているだろう紅茶を飲み干し ソファから立ち上がった。
「…ま、子供が居たら邪魔な時もあるしな」
そう言って笑うと、跡部さんは俺の隣に腰を下ろしてキスをしてきたのだった。
わーお痒い。珍しい。
跡部は「性別だぁ?俺様はそんな細かいことには囚われねー人間なんだよ!」なイメージですが、こういう悩み方はしそうかも…と。
勝手にジロさん結婚させてしまってごめんなさい…(笑)
2006.12.9