威勢の良い掛け声や、ボールを打つ音のなか
その空間だけ しん、と静まる。
「…出ていってくれない?俺、今から跡部にキスするんだけど」
滝は冷ややかな声で樺地に語り掛ける。
しかし樺地からの返答はない。
「俺が跡部にキスするの嫌なの?」
やはり返事はなく、そのことに跡部の表情が強張った。
「答えろよ」
今まで聞いたこともないような、滝のきつい声が響く。
するとようやく樺地は口を開いた。
「……嫌…です」
「…そう、じゃあやめるけど」
滝はころっと表情を変え、跡部から離れる。
樺地の返答と、滝の雰囲気がいつものように穏やかなものになったことに 跡部は安堵の溜め息を洩らした。
「どうして嫌なの?」
滝はソファから立ち上がり、樺地に向き合い問い詰める。
「…跡部さんが、嫌がっているように見えたので」
「それが何?樺地に何の関係がある?」
「…関係は…ない、です」
樺地のその言葉に、跡部は目を見開くが 樺地はこう続けた。
「でも、俺にとって、大切な先輩で、友達なので…跡部さんが傷付けられるのは、嫌です」
滝は僅かに微笑み、更に樺地に問い掛ける。
「…それだけ?」
その時、樺地はようやく悟ったのだった。
自分のなかに渦巻くものの正体と、目の前の人がとっくにそれを見抜いているということを。
「…いえ、」
しかし樺地は俯き、それ以上を口にするのを躊躇う。
それを見た滝は跡部を振り返りながら口を開いた。
「言わないなら本当にキスしちゃうけど?」
「!!、い、言い、ます」
慌てて答える樺地の様子がおかしいのか、滝はくすくすと笑いだす。
その様子を少し恨めしく思いながらも、樺地はそれに感謝しゆっくりと喋りだした。
「…その、本当は、…この三日間、跡部さんが滝先輩と居るのも、すごく…嫌、でした」
跡部は俯いていた顔を上げ、不思議そうに樺地を見上げる。
樺地はそちらに目をやるが、跡部の視線とぶつかり慌てて目を逸らした。
その頬は、僅かに赤い。
「…跡部さんが、他の人と仲良くしていたり…キスなんかしたら、すごく、苦しいです」
滝は目元を緩め、樺地に訊ねる。
「…さっき、俺のこと殴りたかった?」
「…滝先輩も、だし、跡部さんにも…腹が立ちました」
「酷いなー。…だってさ、跡部?」
「あ、す、すいません」
「あはは、いいよ気にしないで」
滝は慌てて謝る樺地に笑いかける。
が、その後ろで。
跡部は口を開けたまま固まっていた。
「な…なん、だ?」
よく意味が分からない、といった表情で声を洩らす跡部に微笑みを浮かべ、滝は樺地に確認を取る。
「それは嫉妬、ということでいいかな?」
「ウ、…ウス」
顔を赤くし頷く樺地と未だ口が開きっぱなしの跡部を見て、滝は苦笑しながら部室を後にした。
「あとは二人で話し合いなよ」
と、一言残して。
二人の間には再び沈黙が訪れる。
けれどそれは、先程のような冷たいものではなく。
「…あ、あの……」
「…嫉妬、って、なんだ?後輩とか友人として、か?」
樺地の声に弾かれるように 跡部はようやく口を開き、たどたどしく訊ねた。
その様子を見て、樺地は勇気を出し優しい声で答える。
「そう、思っていたんですけど…違うみたい、で」
そこまで言ったところで、また会話が途切れる。
どうしようかと樺地が考えていると、ふいに跡部の身体が揺れた。
「あ、跡部、さん?」
俯く顔を覗き込めば その瞳には溢れんばかりの涙が溜まっていて、今までの緊張が窺い知れた。
それは先程この部室に入ってからか、三日前からか、或いはずっと前からのものなのかは分からなかったが。
「…すみません、なかなか、自分の気持ちに気付けなくて…辛い思いを、させてしまって」
「本当だ…まったく」
鼻声で呟くその人に近付き、樺地はそっと抱き寄せた。
一瞬跡部の肩が跳ねたが、すぐに力を抜き頭を預ける。
「だせぇな、俺…。人前で泣いたのなんか十年ぶりだ」
鼻をすすり目元を押さえる跡部の頭を撫で、そういえばこの人が泣くところは初めて見るな、と樺地は思った。
これが、この人が俺に向けている想いと同じものなのかはまだよく分からないけれど、
これからこの人の涙を受け止めてあげられるなら、それはとても幸せなことだと思う。
というわけで、一応完結でございます。…一応。お付き合いありがとうございました。
最初は普通に滝(若しくは他の誰か)が樺地と話して、樺地が自分の気持ちに気付く…はずだったんですが
それだとどうも押し付けがましく、樺地が自分で気付く話にならなかったのでこんなことに。しかし滝は暴走させすぎましたね!(笑)実は本当に滝→跡、だったとかかも…ね
これは別に樺地が鈍感というわけじゃなく、跡部が聡すぎるだけです、多分。
普通は友情として自分のなかで埋もれていく感情を うっかり拾い上げてしまったあとべさん。
2006.11.15